□HAPPY MERRY BIRTHDAY TO YOU□


「サンジ!誕生日おめでとう!!」
 シャンパン…は用意できなかったため、スパークリングワインの栓が勢いよく抜かれる。
 シャンパングラスに入れられたそれは淡い薔薇の色をして、小さな気泡を間断なくはじけさせていた。
 目の前に並べられた料理に舌なめずりしたルフィが手を出す。その手をばちんとはじいて、ナミは更に続けてルフィの頭を押さえつけた。
「乾杯が先でしょう!あんたってほんとに食い物みると見境なくなるわね」
「ちぇー、サンジ、早く乾杯しようぜ!」
 グラスを片手に椅子から身を乗り出してルフィが満面の笑顔で言った。
「じゃあ僭越ながらこのキャプテーン、ウソップが乾杯の音頭を取らせて頂きます!えー、本日はわれらがサンジくんのために……」
「あんたの話はどうでもいいから」
 律儀にあちこち突っ込みつづけるナミに苦笑して、ロビンがグラスを高く掲げもち口を開いた。
「コックさんのこれからに乾杯!」
「かんぱーい!」
 ちりん、ちりん、と澄んだグラスの合わさる音がして、サンジはその薔薇色の液体をごくりと飲み干した。
 2月6日にパーティーを終えたロビンが次のパーティーの音頭をとったわけだ。サンジはルフィの誕生日の乾杯の音頭をとることになるだろう。
 そして早速ルフィは目の前の料理に手を出した。

「サンジ!すげーう……!!!」
「このアホ!お前はついさっき決めたことも忘れる鳥頭か!」
 ウソップが目を三角にしてルフィに詰め寄る。ルフィのゴムの口をむぎゅと掴んでナミは背中に何かを背負った状態でルフィの目をじっと見た。
「だってすげーご馳走じゃん!サンジほんとにありがとな」
「え?これってルフィのための料理か?!」
 ナミにもウソップにも全然めげずルフィが満面の笑顔で言う。チョッパーは派手に驚いて右足を引いてルフィを見上げて言った。
 サンジ自身の好物を知っている人間はこの船にはいないだろう。サンジは誰かの好物をきっちり覚えていて、その人に合わせた調理方法でそれを最適に料理する腕を持っていたが、自分のためにそれを行うことはなかった。というかサンジ自身、食べられるものは全て食べるだけであって、好物かそうじゃないかというのは本人にもわかっていないだろう。
 そんなサンジが考えに考え抜いた「サンジを喜ばせるためのディナー」は、本当にすばらしいものだった。
 サンジが喜ぶのは、自分のつくった料理をうまい、と言って食べてくれることだ。だから、ルフィにも、ウソップにも、ナミにも、ロビンにも、チョッパーにも、うまい、と言って貰えるよう、それぞれの好物をさりげなくメニューに仕込んでいる。
 …そして、勿論ゾロの分も。
 ゾロの好物が何かなどということを本人が口に出すことは全くなかったが、ゾロの食事の様子を観察していてサンジは思ったことがある。特別に早く食が進む料理があることを。
 肉やらみかんやら野菜やらコロッケやらコナーファやら、おにぎりやら。
 美しく盛り付けられたそれらはあっという間にクルーの胃の中におさまっていく。
 どの顔も皆にこにこしていて、サンジはかなり満足していた。「おいしい」という直接的な言葉は聞けないが、顔がおいしいと言っている。
 ……たった一人を除いては。

 仏頂面をしておにぎりを前にかたまっている緑頭は先ほどから一口も料理を口にしていない。
 よほどサンジの盛り付けが気に入らなかったのだろうか。親の敵でもみるかのように睨みつけていた。そのうちおにぎりが焼きおにぎりになってしまうのではないかと思うくらいゾロの視線は鋭くて熱い。
「……アホか、てめーは」
 サンジが呆れた顔でゾロの隣に立ち、その緑の頭を見下ろした。
 周りは既にどんちゃん騒ぎ。鼻割り箸のウソップとチョッパーがなぜか泥鰌すくいを踊っている。
「さっさと食え。それともどっか悪いのか」
「……」
 何も言わずに、思いつめた表情でいるゾロの様子は明らかにおかしかった。サンジは首をかしげてゾロを覗き込む。
「ゾーロ!いい加減覚悟決めちゃいなさいv」
 語尾のハートマークで明らかに酔って陽気になっているナミがサンジと反対側に立ち、ゾロの背中をばんばん叩いた。
「なんだゾロまだ食ってなかったのかよ!お前が早く食ってくれね―と俺ナミに首しめられてばっかりなんだよ」
 ルフィがゾロの背後に立ち、骨付き肉を3個同時に頬張りながら言った。
 サンジはわけがわからなかったけれどもとりあえずゾロには飯を食ってもらいたいと思った。
 ついぞ料理の感想などもらしたことのないこの男のために、ご飯を「炊く」ということをサンジは覚えたのだから。あの狭いキッチンでできるかぎりうまいご飯が炊けるよう、鍋のふたも改造し、圧力を高められるよう取っ手も改造し…
「あきらめの悪い剣士さんね」
 ロビンの腕がゾロの背中ににゅっと生えた。そしてゾロ両腕を拘束し、無理矢理口を開かせる。
「コックさん、剣士さんが食べにくそうだからあなたから食べさせてあげて」
「ロ、ロビンちゃん?」
「剣士さん、ある事情があってやせ我慢をしているだけなの。さあ早く」
 にっこり笑ったロビンの迫力におされて、サンジはおにぎりを一つ手にとると、ゾロの口に押し付けた。
 最初は抵抗していたゾロだが、目の前いや鼻の前にあるふっくらつややかなご飯の香りと絶妙ののりのしっとり具合、そして具の昆布の佃煮のかすかな香りにあっという間に陥落し、大きな口をあけて一口でそのおにぎりを食べた。
「……」
 食べ終わった後ゾロは無言だった。サンジは少しため息をつき、どうせいつものことだから、ともう一つのおにぎりをゾロに食べさせようとした。
「自分で食える」
 はっきりとゾロはそう言い、ロビンはゾロの拘束を解いた。ナミは腕を組んでゾロをじっと見つめている。
 ゾロはサンジの手からおにぎりを引っ手繰ると、2個続けて慌てて食べてそれを喉に詰まらせかけた。
「どうしたんだよクソマリモ」
 わけがわからないといった風でサンジはますます首を傾げる。ゾロは一度サンジを見上げて、そのきれいな青色の瞳に自分の濃い茶色の瞳を一瞬合わせたあと、再び下を向いて、今度は空になったおにぎりの皿を親の敵でもみるかのような視線で睨みつけている。
「ゾロ?」
「………た」
「ああ?」
 心配になったサンジがゾロを覗き込むと、ゾロはサンジの襟首をいきなりひっ捕まえてサンジの耳元で小さく、本当に小さく囁いた。サンジはゾロが何を言っているのか全く理解できずに、かなりいつもの勢いで思いっきり普通に聞き返してしまった。
 ナミとルフィとロビン、そしていつの間にかチョッパーとウソップも二人のやり取りを興味津々に見守っている。

「だから……」
 サンジの胸倉を掴んだまま、ゾロは視線を逸らしサンジの顔を出来るだけ見ないようにして先よりは少しだけ大きな声でサンジに向かってその台詞を言いなおした。

「うまかった。ご馳走様」
「……………………………………!!」

「やったー!サンジ、俺たちからの誕生日プレゼントだ!」
「俺たちサンジに喜んでもらえるものをって考えたんだけどよ」
「やっぱりサンジくんが喜ぶのって私たちがサンジくんのお料理を食べておいしいって言うときなのよね」
「でも、普段から言ってる私たちが言うよりも……」
「ゾロが言った方がサンジ、絶対喜ぶって思ったんだぜ!」
 次々と仲間達がサンジの胸倉を掴んで立っているゾロの周りで誕生日プレゼントの由来を説明してくれた。
 ぱちぱちと拍手の音がして、サンジに向かって笑顔のおめでとうが繰り返される。

 サンジはしばらくの間呆然として、全く状況を把握できないような表情をしていた。そして何度も何度もゾロの先ほどの台詞を反芻するような顔をして、右手を顎に当ててその台詞を一生懸命理解しようとする顔をした。
 何度も何度もそれを繰り返した後、突然サンジはものすごくにっこりと笑った。
 今まで誰も見たことがないような、ものすごくいい笑顔でサンジは一言、「おうよ、任せとけ」と言った。
 胸倉を掴んだままだったゾロの手を外し、振り向いたサンジは皆に向かっては「ありがとう」と言った。

 サンジのバースデーパーティーはその後も延々と続き、プレゼントを渡し終わったところでめでたく「うまい」が解禁となったため、突然キッチンは「うまい」と「おいしい」の2語に殆ど占領されてしまった。




 その後のゾロがどうなったか、というのは……また別のお話。
 
□□□□□
 サンジの誕生日おめでとう!!

2004年3月2日



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