□まりもヘッド□

「ナ・ミ・すわーーーーんv次の島までどれくらいだいー?」

 金色の髪を持った男がでれでれとオレンジ色の髪の航海士にハートマークの煙を量産しながら尋ねるのは入港直後の毎度おなじみの光景だ。

「そうねえ、大体2週間くらいかしら」
「了解!2週間だねー。さっすがナミさん、もう計算してあるなんてなんてステキなんだーー」
「毎度毎度サンジ君にたずねられるんだからそれくらいすぐ答えられなきゃ航海士の名が廃るってもんだわ」
「んんー――――vvvv航海士なナミさんもすてきだーーvvvv」

 黒いスーツに包まれた白い小さな顔の青い瞳をこれでもかといわんばかりにハート型に変えて、胸の前で腕を組みナミの前でごろごろ転がるサンジというのも毎度おなじみの光景だ。

 しっかしこの男はよくもまあこの悪魔の尻尾が隠れているとしか思えない女を褒め称える言葉を思いつくもんだと、6000万ベリーの懸賞金がかかった首をこきこき鳴らして緑の髪の剣豪は半分あきれて思った。
 金色の髪のコックが次の島までの期間を知りたがるのは彼がこの船の食糧事情を一手に引き受けているからだ。次の島まで食いつなぐだけの食料を買い出さなければならないのだからそれは大変ごもっともな理屈である。
 しかし問題はその次だ。当然彼一人で大量の買出しに行くわけにはいかないから、荷物持ちとして誰かが必ず指名されることになっている。その指名は絶対だ。期間と食料の量を計算して、例えば1ヶ月分の買出しなら必ず2人連れて行くとかそういうところまで完璧に理屈として通っているので、男連中はぐうの音もでない。
 一度ロビンを連れて行ったらたくさんの腕で荷物をもてるからいいんじゃないかとゾロが口に出してみたら、直後コックの殺人的な蹴りを16連発で彼はきれいにお見舞いされた。

「あに考えてんだこのクソマリモ野郎!脳味噌までマリモに占領されたのか、ああ?考えてもみろ。いっくら手が多いからって重い荷物なんか持ったらロビンちゃんが疲れるだろうが!!」

 …じゃあ男が疲れてもいいのかということは口に出すだけ疲れる結果に終わるのでゾロは不承不承口を閉ざした。よく考えたら千手観音みたいなロビンが買出しに町を歩いていたらそれだけで即刻島から退去を命じられるくらいオソロシイ光景になること請け合いだ。

「よし、じゃあ2週間ってことは今回は一人でいいな」

 煙草を手に取り、ふーっと煙を吐いてそこで言葉を区切ると、サンジはぐるりと男連中を見回した。

「ゾロ、こいよ、どうせ暇だろ?」
「……また俺かよ」
「おおっ、ゾロ、このところ3回連続ご指名だなー♪いやー、普段の行いをサンジくんはよーーく知ってくれてるねえ」

 どうせ指名されるだろうとは思っていたが、長ッ鼻にいちいちいわれると腹が立つ。ゾロはじろりとウソップを睨むと「いやーよーく知ってくれているとかいないとかってことをどこか風の噂で聞いたようなきいてないような…」とどこかにフェードアウトしてしまった。全く逃げ足だけはすばやい男だ。

「このところ大体2週間だからなー。チョッパーほど大きくなくてもいいし、荷物もたせたらすぐへばる軟弱野郎借り出すほどでもねーし」
「あーあー、分かってる。いいから行くぞ」

 買出したものを片っ端から食べるだろうこの船の船長は港につくなりあっという間に飛び出していったきりだ。海軍がうじゃうじゃいる島だったらいったいどうするんだろうとか言う心配はあの船長に限って不必要なものだけれども。
 サンジの金色の頭の後ろについて、ゾロは縄梯子を降り、古い木でできた桟橋に足をつけた。

 それにしてもにぎやかな島だ。夏島だとナミが言っていた。
 今はその夏島の初夏にあたる季節らしく、ゾロで一抱えもあるような大きな木が高々と存在を主張し、緑色の葉は一瞬ごとに成長しているかのようにみずみずしく光を浴びている。
 港には何隻もの船がひしめき合い、その中でもひときわ目をひく大きな船は4本マストの船だ。ずいぶん立派なつくりをしている。ゾロがちらりとその船を見やると、サンジもその船を見て銜えていた煙草を手に取り、「大きなバークだなー」と言った。このラブコックはナミに必要以上にくっついるうちに色々と船の種類にも詳しくなったらしい。船のことなどどうでもいいゾロはサンジが口に出したその単語が一体船の種類を表すものか、形状を表すものか、あるいはマストの数を表すものかさっぱり分からなかった。

 港から島の中心に向かう道の脇には既にいくつもの露店が並んでいた。
 ざっと見渡す限りでも新鮮な魚やら野菜やら生きたまま並べられている鶏やら豚やら、その種類は豊富でしかも大量にあり、大概のものは手に入りそうな雰囲気だった。
 ものすごく嬉しそうにサンジはその露店の一つに首を突っ込むと、店主と値段の交渉をはじめた。その間ゾロは勿論何もすることはないので、持て余した暇をどうしようかと所在なげにその辺を見回していた。
 最近彼は自らの方向音痴をようやく少しは自覚したようで、一人でむやみに歩き回ることを控えるようになっていた。本人に全く自覚はないが迷子になって見つけられた後、サンジの殺人キック50連発とかを後頭部に食らっていれば考えも改まるというものだろう。
 
「……?」

 ゾロの瞳が先ほどの大きな船のところで止まった。その船から、ひらりと飛び降りる人影を認めたからだ。
 浅黒い肌で、豊かな黒髪を持つすらりとした、世間一般的に見て100人中98人が美女だと答えるような女性が、ふわりと木の桟橋に降り立ち、そのまますばやく島の雑踏にまぎれて見えなくなってしまった。
 あんな大きな船のあんな高いところからあんなにかるがる飛び降りるなんてすごい女だとゾロは思ったが、ちょうど店から出てきたサンジに紙袋山盛りの南瓜とサツマイモを渡されて、すぐにその女のことは忘却の彼方へと追いやられてしまった。買出しはまだまだ続くのである。



「……てめぇ、あとどれくらい買うつもりだ、ああ?」
「毎度毎度同じこと聞くなよ。てめーは学習能力ないのか?あ、マリモだから記憶力がね―のも当たり前かー」
「……言わせておけば……!!」

 1件1件、丁寧に店主と値段交渉をし、少しでも安い値段で少しでも多くの食料を仕入れようとする金色の髪のコックの姿勢には全くもって頭が下がる。これぞ海の料理人として必要な資質の一つであると声を大にして主張するべきところだが、荷物持ちの立場からすると一言「うざい」に尽きるようだ。
 次から次へと渡される買出しの荷物の山を両手と背中に背負い、魔獣ロロノアもぱっと見夜逃げしてきたはいいが路頭に迷っているお父さんといった感じで怒り狂っているのがいまいち滑稽に見えてしまう。
 しかしとにかく怒り狂ったゾロは、両手はふさがっているが口が残っているため今にも和同一文字を抜いてサンジに切りかからんばかりの気迫だ。一方サンジは涼しげな顔で同じように大量の荷物を頭の上と右腕に抱え、唇の片端をあげてゾロを斜めに見やった。

「……いい加減にして……!いやといったらいやよ!!」

 低いが明らかに女の声と聞こえる声が一触即発だったゾロとサンジの雰囲気を回避させた。
 レディの危機とあらばたとえ何がどうなっていようとも飛んでいくサンジは今回も全く例に漏れず手と頭の上にもっていた荷物をあっという間にゾロに押し付け、その声が聞こえた路地裏にすっ飛んでいった。

「てめ…!このクソコック!!!」

 常人ならば持って立っていることすら不可能なほどの量の荷物を器用にバランスをとりながら未来の大剣豪はいつか絶対あのぐるぐる眉毛だけはぶち殺すと心に決めて女好きのコックの後を追いかけた。





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