□001.砂の城□


「…なんだこりゃ?」
 のどが渇いたからとキッチンに入ってきたゾロが口をへの字に曲げて、テーブルの上に乗っている真っ白い塊にむかってつぶやいた。
「なんだお前見たことねーのかよ。ていうかお前んとこの村周辺の料理だと思うぜ俺ぁよ」
 振り返りもせずその呟きを聞き逃すこともなくサンジは答えた。しかし、そうは言われてもゾロは頭の周りにクエスチョンマークがいっぱい浮かんでは消えずにいた。
 テーブルの上の真っ白の固まりは所々茶色くこげている。どうもオーブンから取り出したばかりらしい。およそ食べ物とは思えないものがそこにあることにゾロは激しく疑問を感じた。
「ほらどけよ。今から種明かししてやっからよ」
 くるりと振り返ったサンジは金槌を手に持っている。ゾロはびっくりしてまじまじとサンジの顔を見やった。このクソコックは腹が立つしむかつく野郎だが、料理の腕だけは確かなものだと常々ゾロは思っている。いくら罵倒する言葉を思いつこうとしても結局「コック」とついてしまうところからしてそうなのだとナミに指摘されたときはまさしく脳天に金槌を食らったような気分であったのは確かだったのだが。
「…食い物なのかよ、これ」
「ああ立派な食い物さ。だからどけってんだよ、図体ばっかりでけぇマリモだな」
 悪態をついてサンジは軽くゾロの肩を突き飛ばすと、手にした金槌をその白い塊にえいと振り下ろした。
 そして、その塊が覆っていた部分をあらかたはずすと、思い切り手に持っていたレモンのような果実をじゅうと絞る。
 途端、食欲中枢を直に刺激する芳香がキッチンにあふれた。
「……」
「見たかよおら、こいつぁ塩釜ってやつだ」
 唇の端をにっと上げて、サンジはゾロを見やる。そして、ゾロの表情の変化を楽しんだあと、胸ポケットからごそごそと煙草を探して一本取り出して火をつけた。
「塩ってのはちょいと水分与えるとかちかちかたまるもんだからなあ。それででっかい魚を覆ってじっくりと火を通してやれば魚のうまみが凝縮されたすげーうまい蒸し焼きになるんだぜ」
 料理の薀蓄をどうたれられても理解できないゾロはサンジの言っていることの半分もわかりはしなかったが、とにかく目の前の魚が真っ白の塊の中から出てきたこと、それはどうやら塩の塊だったこと、がわかって世の中には不思議な料理があるもんだと無言で目の前の魚を見た。
 まあ傍から見ればにらみつけているとしか言いようのない目つきではあったのだが。
「うめぇぞ、食ってみるか?」
「……」
 ゾロの返事を待たずにサンジはその焼きたての白身の魚の腹の部分をほぐして小皿にのせると、それをゾロの目の前に突きつけた。無言で受け取り無言で食べ終わったゾロは魚がこれほどまでにうまいものかと目を白黒させた。
 もっとも、そこで決して「うまい」とは口に出したくないのがゾロの性分だ。一度うまいといってしまったらこれ以上うまいものがでてきたときにどういう表現をしていいのかゾロにはわからない。コックの料理をはじめて食べたときにはこんなうまいものが世の中にあったのかと晴天の霹靂の思いをしたのだが、その料理を日常的に食べるようになった今でも大概その思いをゾロは更新している。きっと本当に霹や靂が降ってきてももう驚きはしないだろう。
「なんだ味見のさせがいのないやつだな」
 苦笑してサンジは自らの分を少しだけ小皿に取り、それを食べて「こんなにうまいのになぁ」とぶつぶつ言っていた。
「……お前、小さいころ海岸で遊んだりしたか?」
「…………唐突なやつだな」
 煙草の煙をぷはーと吹き出して、サンジはゾロをちらりと見やって言った。話題転換が急すぎる男だといつものことをゾロは思った。
「まあ待てよ。俺はずーーーーっと船に乗ってたからな。海岸なんてあんまり行ったことねーけど。砂がずーっとあるんだろ?海岸て」
「さあな。俺も海岸なんて行っちゃいねーよ」
「でさ、その砂で鯨とか城とか蟹とか作って遊ぶんだろ?」
「てめー人の話きいてんのか!しらねーっつってんだろ」
 マイペースで煙草の煙を吐き出しながらコックは自分の話を続ける。ゾロの言うことなどまるで耳に入っていないかのようだ。
「…いちいち話の腰を折る奴だな」
「何で俺がてめーの話にあわせて海岸で砂遊びしなくちゃなんねーんだ!!!」
 今にも刀を抜きそうな勢いでゾロが言うのをサンジは全く動じず軽く受け流す。
「砂で作った城ってーのはよ、崩れやすいから、補強に海水を使うんだそーだ。塩が混じるとかちかちにかたくなるからな」
「……で、それがどうした」
「だから塩でなんかを固めて焼いたりしたらうまいかもな!なんて思いついたわけさこの俺は」
「……」
 短くなった煙草を指で取り、灰皿に押し付けてからサンジははっきりゾロのほうを向いて言葉を続けた。
「俺の発想はかなりイイ感じのものだと思ってたからなー、正直すでにそんな料理があったなんてなんか悔しくってよ」
 深い海の色の瞳がまっすぐにゾロを見据えてくる。なんだか少し怒っているようだ。
「しかもてめーがいた周辺の料理っぽいじゃねーかよ。なんかますます悔しくってよ」
「………………俺にどうしろって言うんだ、ああ?」
「せめててめーに『うまい』くらい言わせなきゃなんかすげー敗北感味わうぜーなんて思ってたら案の定だ」
 ふい、と視線をそらして新しい煙草を口にくわえ、サンジはマッチを擦るとそれに火をつけた。
「ああなんだか言葉にしたら余計に腹が立ってきた!ちきしょー。いつか絶対どんなに鈍いてめーでも恐れをなしてはいつくばるくらいうまい料理を思いついてやっからな!!!」
 そういうとすごい勢いで白い煙を吹き上げて、サンジはゾロをまるでゴキブリでも追い出すかのようにしっしとキッチンから追い払った。「夕飯にはまだはえーんだよ。ちゃんとできるまで待ってろクソマリモ…」までしか聞こえずにゾロはキッチンを追い出された。

 こきこきと首を鳴らしてゾロは甲板で腕組みをして考えた。のどの渇きは一向潤ってはいなかったが、まあ、はいつくばるくらいうまい料理が出てくるかもしれないということは大変喜ばしいことだと結論付けて、とりあえず仕方なくトレーニングに戻ることにした。


 
2003年6月7日






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