□パイナップル□



「サンジ!しっかりしろよ」

 チョッパーが人型になり、サンジに対してこれ以上ないというくらい正確な心肺蘇生術を行う。
 人工呼吸を2回。心臓マッサージを15回。

 意識のないサンジの気道を確保し、鼻をふさいで口に息を送り込む。胸骨の下に両手を当てて心臓マッサージを繰り返す。
体温のこれ以上の低下を防ぐため、毛布でぐるぐるまきにされたサンジの痛々しい拷問のあとをチョッパーはあえて見ないようにした。
 自発呼吸と脈の回復をチョッパーは何より最優先させた。サンジに意識があったら「俺のファーストキスがあああっっっ」と言い出しかねないとかなり鋭いこの船の船医は想像したが、意識がないので幸いだ。
 この船に、医者は彼一人なのである。
 いくらサンジが化け物並みの体力と精神力を誇っていたとしても、脳に酸素を送り込めない時間が長く続けば、永遠に意識を回復することはない。


 お約束の「医者アアアア!」というボケが出ないくらいチョッパーはサンジの状態が酷いことをわかっていた。

「サンジ、俺が必ず助けてやるからな」

   7年前、無知をさらけ出して大切な人を救えなかったこの医者の背中は、自身が言うところの「何でもなおせる万能薬」として安心してサンジを任せておけると、ナミは包囲を縮める海軍に正対しながらそう思った。




「貴様ら…!」
「畜生、なんてしぶとい海賊だ!」
「次のチャンスを忘れるな!いいか、遠距離戦ではこっちが有利なんだ。迷うな、すぐに撃ちぬけ」

 銃身の長い海軍独特の銃を構えてパスカルの声に励まされ、海軍がチョッパーの広い背中を一斉に狙った。

「三十輪咲き!(トレインタ・フルール)」
「ゴムゴムのぉ、風船っ!」

 ロビンの手が一斉に海軍の銃口を空に向かって跳ね上げる。そして、太い大きなマストや硬い船べりに当たって跳ね返ってきた跳弾をルフィがそのゴムの身体で防いだ。
 パスカルは額から一筋汗を流して、その異様な光景に一瞬見入られてしまった。

 彼の知っている能力者は、能力に頼りきった能無し揃いで、あの海楼石の罠から抜け出すことのできたものはいなかった。だから彼は悪魔の実の能力者を怖いと思ったことは一度もなかったし、それはヌールと共にある限り決して改める必要のない認識だと信じていた。

「ゴムゴムのぉ、バズーカッ!」

 ルフィの長い腕が鞭のようにしなってパスカルの周りの海軍を残らず海へと叩きつけた。

「三輪咲き(トレス・フルール)」

 ロビンの腕がパスカルの身体に3本咲いて、あっという間に肩、肘、手首を決められる。咄嗟に何が起こったかわからないパスカルの真正面に麦藁帽子をかぶったこの海賊団の船長が立った。

「お前らがちょろちょろしてたらよ」

 帽子の影で隠れていた目をそこで上げ、ルフィはパスカルをにっと笑って睨みつけた。

「チョッパーが安心して治療できねーだろ」

 その声を聞いてロビンはふ、と笑いを口元に浮かべ、ウソップとナミは安堵してとりあえずチョッパーのそばに座り込んだ。

「ナミ!ウソップ!よくチョッパー守ったな」
「ああああたり前だ!この勇敢なる海の戦士キャプテーーーンウソップ様がついている限り…」

 ルフィがちらりとナミとウソップをむいてそう声をかける。ウソップがとうとうと語りだしたその口をナミは片手でふさぎ、その長い鼻を引っ張ってウソップの耳元に小声で二言、三言囁いた。
 ロビンはそれを見て了解したといわんばかりにパスカルをルフィのほうに放り出し、ウソップはあわてて立ち上がってキッチンに消えた。

「ゾロ」

 麦藁帽子に手をやって、足でパスカルを踏みつけて、ルフィは背中を向けたままゾロに向かって言った。

「…早く来い」
「……わーってる」

 燃えるような目つきでヌールを睨みつけながらゾロはルフィに向かって驚くほど静かに言った。そのゾロの返答を聞いて、ルフィはにやりと笑うと、パスカルをぎろりと見下ろした。





「よくもここまで…」

 息を整えるのに少々時間がかかったようだ。ヌールは右手に銀の短剣を構え、目の前の6000万ベリーの賞金首を見上げた。
 あっという間に自分の部下が海に飲み込まれるのをヌールは防ぐことができなかった。
 明らかに以前とは違うオーラを出した最弱の海で名を馳せた元海賊狩りの前で動くことができなかったのだ。

 ゾロは構えを解かず、一歩も動きもしないのに、じりじりとヌールは追い詰められていた。

「とっとと消えろ」
「そう言われて私が消えるとでも?」

 いい終わらないうちに一瞬で間合いを詰めたゾロの刀の切っ先がヌールが羽織った正義コートの肩章を切り落とした。
 ぱさりと音がして、黄金の糸で豪奢に縁取られた肩章が甲板に転がる。
 ヌールは銀の短剣を後ろ手に掴み、体勢を立て直してゾロのチャンスを待とうとした。

「自惚れるなよ。てめーはうちのコックの夢をてめーの趣味で叩き割ろうとしたんだからな」

 ガチャリと音がして、ゾロは改めて和同一文字を口に銜え、身構えた。

「今この時代に夢だなんて砂糖菓子で作った御伽噺にもなりやしない」
「てめーがそう思うんならそう思ってろ」

 言い終わると同時にヌールとゾロが動いた。刀と短剣がぶつかり合い、火花が飛ぶのではないかと思うくらい激しく切り結んでは離れる。

「俺たちは海賊だからな。てめーには理解できない価値観でうごいてるんだよ」
「一生わかりたくもないわ」

 息をつく間もないほど、刀の影が見えないほど、すばやい動きで二人は刃を交えている。加勢しようにもそれが不可能なのは誰の目から見ても明らかだった。

「だが俺はお前を必ず倒す」

 黒い手ぬぐいの下から厳しい視線をゾロはヌールに投げつけた。

「相変わらず一方的ね」
「俺は絶対てめーには負けねえ」

 打ち合っていた間合いを少しだけわざと外して、ヌールは銀の短剣を突き出す角度を微妙に変えた。その短剣の先にはそのまま行けばゾロの心臓が無防備にさらされている。
 しかしゾロは間一髪でそれを避け、背をのけぞらせてごろごろと甲板を転がったあとすぐに立ち上がってヌールめがけて突進した。

「絶対負けねえ」

 そのゾロの突きをヌールも紙一重でかわし、背をのけぞらせた勢いでバク転をして、着地点にあった樽をゾロに向かって突き飛ばす。
 ゾロは飛んでくるその樽を空中で3つの輪切りにし、ヌールを壁際に追い詰めた。

「てめーは俺を殺したいのか?」
「……何を当たり前のことを」

 ぎりぎりぎりと歯をかみ締める音がゾロには聞こえた。ヌールの銀色の短剣を握る指が力を込めすぎて白く変色している。

「ちがうな。てめーは俺を殺したいんじゃねぇ」

 ガキン、と音がして銀色の短剣はゾロの刀に弾き飛ばされた―――ように見えた。

「てめーは海賊を殺したいだけだ。確かに俺は海賊だが海賊は俺じゃねぇ」
「それがどうかしたのかしら」

 衝撃でしびれたままのはずの右手の袖口から細身のナイフがしゅるりとヌールの手元に落ちてきた。ゾロはまるでそれを予測していたかのように正確にその細いナイフをめがけて刀を振り下ろす。
 にやり、とヌールの口元がゆがんだ。

「俺はてめーをゆるさねぇ。だから俺は絶対に勝つ」
「まるで根拠のない話だわ」

 細いナイフも簡単にゾロの刀に払われた。しかし、ヌールはそれをこそ待っていたかのように口をすっとすぼめてゾロの右腕めがけて何かを吹き出した。

「そんなのもわからないのか」

 ゾロは刀の角度を変えて、鋭く飛んできたかろうじて目に見えるか見えないかという細さの針を2本叩き落した。

「てめーが相手にしてるのは海賊という普通名詞。俺が相手にするのはてめーという固有名詞だ」

 そして、ヌールが再度吹き出した細い針を、胸を反らせてかわす。

「俺は、ヌール=ジャハーン、てめーを倒すんだよっ」

 必死の形相で正義コートをかなぐり捨て、それをゾロに向かって投げつけることでゾロの攻撃を防ごうとしたヌールの予測よりも遥かに早くゾロは動いた。
 翻るその真っ白のままのコートの正義という文字がゾロの3本の刀によって切り刻まれた。
 そして、その切り刻まれた白い布片が甲板に落ちるより早く、ヌールの眼前に、3本の刀の銀色の刀身がぎらりと光った。

「ヌール様!!」

 ルフィに踏みつけられていたままのパスカルが声を限りに叫んだ。
 彼女の人生において最初で最後の経験を彼女はした、と思った。
 海賊どもを常に組み伏せ、残虐に殺し、そのコートを真っ赤に染めてきた彼女がはじめて自分の血でそのコートを染めることになるのだと―――

 じゃきいいん

 刀が交錯する音が聞こえ、そしてそのあと、後頭部に衝撃がきた。


「――――サンジ!!!」
「サンジくん!」

 チョッパーとナミの悲鳴のような声がほぼ同時に聞こえた。
 ごぼっと水を吐き出したサンジの顔をチョッパーは横向きにし、その口内にたまった水以外に吐き出されたものを指で掻きだした。

「ゾロ、来い!」
「――――――わーってるよ」

 3本の刀をさやに収め、ゾロはがりがりと頭をかいてから躊躇なくゴーイングメリー号に飛び移った。

「ヌール様!!!」

 ルフィに突き飛ばされたパスカルがゾロと入れ違いに彼らの所有する大きな大きな元海賊船へと転がり込む。

「よーし、出航だ!」
「準備はOKよ、航海士さん」
「ウソップ、面舵いっぱい!」

 既にキッチンでスタンバイしていたウソップと出航準備を的確にすすめていたロビンのおかげであっという間にゴーイングメリー号はその海域を離脱した。







 …キャラヴェルとは思えないほどのスピードでその船影を小さくしていくゴーイングメリー号を、ヌールは呆然とした表情で見送った。
 彼女の足元には最後にゾロに切られた豊かな黒髪がばらばらと散らばっている。

 自分を殺さなかった6000万ベリーの賞金首が最後に小さくつぶやいた言葉を知らずヌールは口に出していた。

「あのコックがてめーを殺すとは思えないからな」







 ぺたんと甲板に座り込んでヌールはただ呆然と真っ青な空と真っ青な海の隙間にかろうじて見える小さな船を見送った。












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2004年1月13日



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