□悲しいときくじけそうなとき□



 誰かが遠くで俺の名を呼んでいるような気がする。


 ふわふわとした気持ちの悪い浮遊感と、感覚の麻痺に全身を支配されながらサンジはそう思った。身体の表面全体がぴりぴりと痺れ、それ以外の感覚を一切受け付けない。


 一体自分はどこにいるのだろう。


 その次にサンジはそう思った。
 ここ最近の記憶が曖昧で、どうして今体が痺れているのかよくわからない。


 断片的な記憶はひらひらとサンジに降ってくる。


 この夏島に到着したあと、緑の髪の剣士と次の航海のための買出しに出かけた。

 ―――助けたはずの、黒い髪と浅黒い肌を持つ美女は恐ろしく強く、そして彼女の船で雑用として働いていた。

 ルフィにはエターナルポースを渡し、危険極まりないその女船長から仲間を逃がしたところまで、サンジには記憶が降ってきた。




まただ。
また聞こえる。



 浮遊感がずいぶん減って、背中に固いものをサンジはようやく感じ取った。
 そして続いて自分の名を呼ぶ声は、先ほどよりも強くサンジの耳に届いていた。


 胸に圧迫感を感じた。
 あまりの力に押しつぶされてしまいそうだ。

 苦しいんだよ、とサンジはつぶやいた気分になり、次に思い切り眉を顰めた気分になった。


 眉を顰めたのはいつ以来だっただろう、とサンジは考えた。



 あの聡い女船長に、いきなり答えを突きつけられた。
「麦わらの一味をどこに逃がしたの」




「サンジ!」

 今度ははっきりと自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
 甲高い声と毛むくじゃらのわずかな感触が、サンジにその声の持ち主を思い出させかけた。

「サンジ!!」



 ああ、とサンジは思った。


 何故だかよくわからないが、頭の中で何かが突然スパークしたかのように、ぐるぐるぐるぐる、あらゆる記憶の断片が一度にサンジに押し寄せてきた。



 コック見習、バラティエ、遭難、義足で蹴り飛ばされた痛み、アホみたいに高いコック帽を被った師である恩人、自分のために足を砕き落とし―――
 自分の首を引っつかんでグランドラインに飛び出した黒髪の船長、夢の為に、自分の目の前で世界最強の男に切られた緑の髪の―――


「サンジ!!聞こえるかサンジ!!!」


 耳に、はっきりと毛むくじゃらの手の持ち主の声が聞こえてきた。

 同時に胸の奥と腹の中がひっくり返る感覚がして、そこにたまった何かがせりあがり、ごぼ、という音を立てて水やらなにやら一辺にまとめてサンジはそれを吐き出した。

「サンジ!」

 顔を横に向かされ、口の中にたまった色々なものをその毛むくじゃらの手は掻き出した。
 口の中がもしゃもしゃする、と思う間もなく再び上を向かされたサンジは、人生最大の喜びの瞬間であるはずのその経験が、自分の知らない間に通り過ぎていってしまったことに気づいて呆然とした。

 毛むくじゃらの指が鼻をつまんだかと思うと、大きな口が自分の唇をふさぎ、2回、強く息を吹き込んできたのだ。


 頭が真っ白のまま、脈動をつけて、胸を強く押さえつけられたサンジは、ゆっくりと右手を持ち上げて、弱弱しい声でつぶやいた。

「勘弁してくれよ…チョッパー」






「ヌールの船は追ってこないようね」

 船尾で最後まで海軍船の行方を追っていたロビンがようやく安堵のため息をついてそう言った。

「恐ろしい女だったな」

 身震いをしてウソップが言う。
 今までの海軍のように、ただ闇雲に白兵戦を行うのではなく、能力者を封じる術を心得た、恐ろしいまでに海賊を憎んだあの軍隊は―――



「サンジが目を覚ましたぞ!!」

 チョッパーの声が甲板にまで響いた。

「何?本当か!」
「サンジくん!!」

 ウソップとナミが一瞬を顔を見合わせたあと、はじかれたように立ち上がり、その声の元へと走り出した。
 ロビンはふっと笑顔を口元に浮かべ、手すりに背を持たせかけてずるずるとその場に座り込んだ。
 ルフィは何も言わずにゴムの両腕を伸ばして、サンジが寝ている女部屋への扉を跳ね上げた。

「サンジ!」
「サンジくん!!」

 転げるようにして入ってきたナミとウソップに顔だけ向けて、サンジは弱々しくにっと笑った。

「ナミさん…ごめんよ……」

 全身の力を振り絞って出したはずのその声はかすれて途切れ途切れにしか聞こえなかった。
 ナミは思わず口元を押さえそうになったが、何とかその―サンジに己を弱っていると悟らせる―行為を思いとどまり、引きつる口角を無理矢理持ち上げて笑顔を作ってみせようとした。


 ドカッ ゴロゴロゴロ
 ドンドンドン


 激しい音がして黒い髪と緑の髪がもつれ合うように狭い女部屋に入ってきた。

「サンジ!」

 目をまん丸に開いてルフィはサンジの青い瞳を凝視した。

 ゾロは無言でつかつかつかとサンジに歩みより、しばらくサンジのベッドの隣で表情を見せずに立ち尽くしていた。


「ゾロ…?」


 ただならぬ雰囲気に耐え切れなくなったチョッパーが、ゾロの顔を見上げた途端、ゾロはいきなりサンジの胸倉を掴み、右手を拳に握り締めると、それを後ろに鋭く引いた。


「ゾロ!」
「なにすんだゾロ!!」

 ウソップとチョッパーが突然予想外の行動を取ったゾロに思い切りうろたえながら、ゾロの名を呼ぶ。
 二人の抗議の声を全く無視して、ゾロは勢いよくサンジに向かって右手の拳を振り下ろした。

「ゾロ!!」

 ナミが悲鳴に近い声を上げた。
 ドゴッという鈍い音が女部屋に響いた。















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2004年2月9日



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