□きみの笑顔□







 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて正直サンジは苦しかったし、夏島の名残のクソ暑い夜のためゾロの汗やらなにやらでぬるぬるしている腕とか臭いだとかたまらねぇ、と思うはずだった。しかしサンジは苦しくもなかったし気持ち悪くもならなかった。

「頼むから」

 本当にこいつはあのマリモヘッドか、と思うようなかすれた声でゾロは言った。

「てめー一人で背負い込むな。全部解決しようとするな。てめーに信頼されなかった俺がどんなに惨めで情けなくて悔しかったかてめーには絶対わかんねぇだろう」

 そりゃそんなことはさっぱりわからない、とサンジは思った。
 何せそういう考え方が世の中に存在する、と知ったのですらついさっきだ。ゾロがそんなことを思っていたということを、ゾロが口に出したことによってサンジは初めて知ったのだ。

「頼むから…」

 またそう言ってゾロはぎゅうぎゅうとサンジの頭を締め付けてきた。サンジはゾロがなにがなんだかよくわかっていない状態にある、ということがよくわかった。
 なぜならあのとんでもないクソマリモの言葉が柔らかくサンジにおりてきて、なんだかサンジの体に染み込んできて、サンジの胸があたたかいもので満たされたような感覚がサンジに降ってきたからだ。

 痛む両手を持ち上げて、サンジはゾロの背中に手を回した。

 ゾロに負けず劣らずサンジも何がなんだかよくわかっていない状態なのだろう、と頭の半分でサンジは自分自身を冷静に観察してみた。

 何が嬉しくて男同士がこんな倉庫の隅で暑苦しい夜に抱きあっているのだろう。
 しかもつい先ほどまでサンジを殴ろうとしていた相手が今は一転、サンジをきつく抱きしめているのだ。

 殴っていうことを聞かせなければならないと思ったくらい、戦闘以外は全くの役に立たない寝てばかりいる腹巻男はサンジが血を流したところを見るのが嫌だったらしい。
 自分は常日頃から出血大サービスだというのに勝手な言い分だとサンジは思った。

 見たくないのはお互い様だ。

 どんなに化け物じみていようと、血を失えば、その量が多ければ、人間は必ず死ぬのだ。







 「頼む」という言葉が自分の口から出てきたことは大変ゾロには予想外だった。
 このクソアホエロコックに対して何を自分は頼むことがあるのだろうと頭の片隅でゾロは思った。殴って言うこと聞かせようとしていた先ほどまでの自分とはえらい変わり様だ。

 だけれども、そんなことは頭の片隅でなんだかよくわからないままぐじゃぐじゃした思考回路から突然ぽつりぽつりと湧き上がってくる感慨なだけであって、今のゾロの頭の中は、腕の中におさまっている金色の髪を持つ男の存在で殆どいっぱいだった。

 一人で背負い込んで欲しくなかった。
 ゾロを、信頼して欲しかった。

 どうしてそんなことを思うのか自分でもさっぱり理解できないままゾロは腕の中にある男の確かな息遣いに自分が安心している、ということを認識させられてしまった。

 この男が今生きて自分の目の前にいる、ということが確認できることは、ゾロにとってものすごく大切なことであるように思えた。
 失いたくなかったのだとゾロは思った。
 3食きっちりどんな状況でもうまい飯を作るこのコックを、ゾロは、失いたくはなかったのだと。


 サンジの両腕がゾロの背中に回された。

 のぼせ上がった頭にこれ以上どこに血が潜んでいたのかと思うくらい更に大量の血が補充された。こめかみの血管が爆発しそうなくらい、頭に一気に血が上りすぎてゾロは目の前が真っ赤になった。

 ゾロはいっそう何がなんだかよくわからなくなった。
 自分が何をしようとしているのかとか何をしたいのかとかそういうことも一切理解できなくなった。






 だからぎゅうぎゅう締め付けていた金色の髪からふっと腕を緩めたことも、それにサンジが少し驚いてゾロを見上げたことも、その申し訳程度に無精髭が生えた白い顎を掴んだことも。

 ぽかんと開けた口を自分の唇でふさいだことも、ゾロにはどうして自分がそんなことをしたのかということは理解できなかった。

 そうしたいと思う強烈な衝動が身体を動かしていた、ということだけをゾロは理解した。

 目をまん丸に開けたコックの海の色をした瞳に自分の視線をゾロは真っ直ぐに合わせた。

 そしてゾロは開いたままのサンジの唇から難なくその口腔内に侵入し、サンジの舌を自分の舌で絡め取った。
 少し乾いたその舌をゾロは自分の舌で舐め上げた。歯列をなぞり、上あごに舌を這わせる。

 開いたサンジの唇の端から透明な唾液が一筋流れ落ちた。

 ゾロは顎を掴んでいた手を離してサンジの金色の髪に差し入れた。両手でその髪をかき回し、強く抱きしめる。
 そして落ちた唾液の行方をそのまま舌でなぞった。
 顎から首筋に流れたその道筋どおり、ゾロは舌を這わせる。サンジの白い首筋を、尖らせたその熱い舌が往復した。
 ところどころでその舌の動きを止めて、ゾロは軽く首筋に歯形をつける。きつく吸い上げて赤い痣をそこに浮かび上がらせた。

「ナニ…して…」

 がくがくと震えながらようやくサンジは口を開いた。その間にもゾロの舌が動きを止めることはない。鎖骨のくぼみを舐められて、サンジは思わず声をあげた。

「あ…」

 ゾロは一瞬動きを止めたが、すぐにその動き再開した。執拗に左右の鎖骨のくぼみを舐め、歯を立て、吸い上げる。右手はサンジの耳の輪郭を辿り、左手はシャツのボタンを外していた。

「…ゾロ…てめー…自分がナニしてんのか…うぁ」

 サンジは言葉を続けることができなかった。ゾロの左手がシャツの中に侵入し、その指先が、包帯でぐるぐるまきにされている胸を辿り、乳首に到達したからだ。
 柔らかく引っかかるだけだったその僅かな突起はゾロの指に反応してみるみるうちに固くなった。
 包帯の上からでもはっきりとその形がわかるくらい張り詰めたそれをゾロの左手は引っかくように弄る。
 サンジはその刺激が加わるたびにあげそうになる声を必死で押さえることしかできなくなった。











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2004年3月14日



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