□どこにいても□







 刀を握る手のひらはごつごつと分厚いし、指先も固い。きき腕も何もあったものではないから右手と左手で感触の違いも無い。
 ゾロの手は大きかった。そして、熱かった。
 左わき腹をなで上げられて、サンジは思い切りのけぞった。ゾロの手が通った後がとても熱かった。自分の体のパーツとして認識できないくらい、そこだけ熱く、宙に浮いているような気分になった。

 再びゾロの唇がサンジの首筋に埋められた。熱い舌で首筋を舐めあげられ、耳に細かくキスを落とされる。


「ゾ、ロ……」

 頼りない声が喉の奥から振り絞られた。
 荒い呼吸の音と、身体を動かすたびにきしむ床の音がやけに大きくサンジに聞こえた。
 開きっぱなしの倉庫のドアは大変まずく、ついでに先ほどほおり出されたサンジの煙草もまだ白い煙を上げてくすぶっていた。このままだと床にこげ後を残すことになるだろう。

 月の光が、サンジの上に覆い被さるゾロの輪郭をくっきりと浮かび上がらせた。

「   」

 何かを口にしようとしているゾロがいることをサンジは唐突に理解した。
 緑の髪を持つ剣豪は何かを言おうとして、それをどのように表現したらいいのか全くわからない表情で途方にくれていた。
 何を言おうとしているのだろう、と思った瞬間、サンジの心臓がどくりと跳ね上がった。
 とても長い距離を全力疾走をした後のように、心臓が激しく脈打っているのがサンジにはわかった。そして一気に大量の汗が全身から吹き出てきた。
 
 何を自分は期待しているのだろう、と頭の片隅のサンジが激しく脈打つサンジの心臓に冷静に語りかけた。

 何度確認してもよいことだが、今自分の置かれている状況は間違いなくとんでもないものだ。
 男同士が汗まみれになって倉庫の中で……抱きあっている。




 何がなんだかとにかくよくわからなかった。
 抱きしめたいと思った。実行したら、抱きしめてみたらその身体は温かく、ちゃんとコックが生きているということをゾロに実感させてくれた。
 そのうち無性にもっとコックの奥まで触れたいと思った。抱きしめた皮膚の外側だけではなく、どうにかコックの内側に入っていきたいと思った。
 何故自分がこんなことを思っているのかゾロには全く理解ができなかった。本当に何故だかわからなかった。
 しかしそう思ったことは事実だった。

 衝動のままに行動したら、コックにキスをしていた。しかもかなり、いやものすごくディープなものを。

 唾液が一筋伝ったコックの喉はたまらなく魅力的だった。むしゃぶりついた。どうしてそんなことをしたくなるのかさっぱりわからなかったが、歯を立て、きつく吸い上げ、赤い跡をその首筋に残す。
 コックが声をあげた。

 どうしようもなくなった。
 
 怪我人だとかさっきまで唸っていたとか殴りたかったとかコックは男だとかそういうことが全てスパークして、頭の中が真っ白になった。

 欲しい、と思った。

 体の外側から内側まで全部、このコックが欲しい、と。




 サンジの乳首を弄っていたゾロの手がするりと下に滑っていった。
 包帯の上を指でなぞり、難なくベルトのバックルに到着する。
 サンジは自分が勃起していることにようやく気がついた。張り詰めたズボンの中が熱い。
 ゾロは迷うことなくあっという間にバックルを持ち上げ、ベルトを外した。
 一つだけついているボタンを外し、ジッパーを降ろす。

「ん…!」

 ジッパーを降ろすという行為の際にゾロの指が少しサンジの張り詰めた性器を掠めた。途端、今まで感じたことのないような快感がサンジを襲う。背中がずきずきとして腰が砕けそうになった。

 ゾロの手は休むことなく、ジッパーを降ろし終えたサンジのズボンをするりと脱がした。下着の上から張り詰めた性器を柔らかく握りこむ。

「…!…あ!」

 サンジがのけぞったその首筋に唇を這わせ、ゾロは右手でゆっくりとサンジ自身を扱きはじめた。ゆるやかなその上下運動に反応してサンジが声をあげる。

 たまらなかった。
 今まで踏み込んだことも触れたこともないコックが目の前にいて、ゾロの手の動きに合わせて聞いたこともないような声をあげている。

 そう思うだけでゾロのモノはほぼ限界に達していた。ズボンの中で解放を求めて猛り狂うそれをコックの中にぶちまけたい、という強い衝動がゾロを襲った。

 だんだんとスピードを上げる右手にサンジは鋭く反応した。背中をのけぞらせ、右手をゾロの背中に食い込ませている。左手は襲いくる快感を必死でやり過ごそうと必死に何もない床を掴もうとしていた。

「…ダメだ…やめ…ろ……!」
「いいから出しちまえ」

 唇を噛み、喘ぎ声を押し殺すサンジの耳元でゾロは囁いた。
 海の色の瞳がまんまるに開かれたその半瞬後、サンジは吐精した。

 眉間の皺を切なそうに寄せて、びくん、びくん、と身体を震わせて、サンジは己をゾロの手の中に解放した。白い粘液がゾロの右手をぬめらせる。


 ゾロは本当にどうしようもなくなった。

 何でもいいからとにかくこのコックの中にぶちまけたいと思った。
 ゾロの手の中でくたっとなってしまった、男にしては白い性器の奥には、金色の薄い陰毛が生えていて、そして今は見えないがその更に奥には挿れようと思えばゾロをぶちこむことのできる穴があるはずだ。

 その中に挿れたい、とゾロは思った。入って、中からコックを感じたい、と。

 ゾロは自分のズボンに手をかけて、張り詰めきった己自身を取り出した。

 そして自分が覆い被さっているコックを見た。




 目が、覚めた。




 全身をだらりとさせたコックの包帯に血がにじんでいた。
 腹部に少々、染み出してきている、ということは背中の裂傷からの出血が包帯を染め上げてきているのだということが容易に予想できた。
 金色の髪は汗でぐっしょりと濡れていた。いくら夏島の影響で熱帯夜だったとはいえ、尋常ではない汗の量だった。

 ゾロは硬直した。
 自分の行為が自分で信じられなかった。

 ついこの間死にかけたこの男に対して何を自分はしでかしたのだ……!
 この部屋に、倉庫にやってきた時だって起き上がれるような状態ではなく、戸口に姿を表したというそのことだけで心からびっくりするようなふらふらとやってきた男に。


 何が、欲しい、だ。
 何が、暖かい、だ。

 ゾロは、まだ脱力し、上気しているコックの頭にできるかぎりふわりと触れた。
 うっすらと目を開けて、コックがゾロを見上げている。

「……悪かった」

 掠れた声でゾロは言った。
 他に何も言葉が見つからなかった。

 それきり、沈黙してしまったゾロにサンジは怪訝な目を向けた。

「…何を、てめーは悪かったって思ったんだ?」

 少し呼吸が落ち着いてきたらしい。相変わらず汗をだらだらと流しながらサンジはゾロに向かって言った。月の光が逆光で、サンジからはゾロの表情がよくは見えない。

「………」
「黙ってられたら俺にはまったくわかんねぇ」
 そう言ってサンジはゾロに手を伸ばした。緑色の頭を自分の方へと引き寄せる。
 ゾロは一瞬びくりとしたが、素直にそれに従って、サンジの上に自らの体をできる限り体重をかけないように重ねた。

「なあ、ゾロ……」

 緑色の頭をなぜながらサンジは言った。

「てめーが俺に言ってくれないと俺はわからなかったことが一つある」

 そこでサンジは言葉を区切り、右手で何かを探そうとした。どうやら煙草を取り出そうとしているらしい。しばらくごそごそとやっていたが、見つからないようだ。

「ルフィがものすごく怒りながら俺に向かって言ったことがあるんだ。『死ぬことは恩返しじゃねェ』って。俺ぁ、ルフィが何を言っているのかさっぱりわからなかった」

 わかったのはとりあえず自分がジジイを隠れ蓑にしていた、ということだけだなとサンジは薄く笑って言った。

「でも、てめーが言ってくれてようやくわかった」

 にっこり笑ってサンジはゾロの両頬を挟んで持ち上げ、自分の目の前に固定した。
 ゾロは、サンジの海の色の瞳をまっすぐに見下ろす。

「自己満足は他人の迷惑」
「……!」

 にっと笑ったサンジがゾロの唇に掠めるように自分の唇を触れさせた。
 ゾロが、まんまるに目を見開いたことが逆光の中でもはっきりとわかった。

「俺ぁナミさんとロビンちゃんさえ助かればそれでいい、と思ってた。そのためにどうするのが一番いいかを考えて行動したつもりだ。だがそのことで誰も幸せになっちゃいねぇ」

 月の光が弱くなったような気がゾロにはした。夜明けが近づいてきたらしい。

「それは、俺が、俺だけの満足が欲しかったからだ」

 サンジは言葉を続ける。何かがサンジを突き動かしているかのようにいつも以上の饒舌さだ。

「だから俺はそれを理解したときてめーに斬られる、って思った。俺がてめーなら絶対に俺を斬ってた。それなのにてめーときたら……」

 サンジは苦笑して、ぎゅうっとゾロの緑色の頭を抱きしめた。

「いきなりチューだぜチュー。殴り倒そうとしていた男に向かってチューする度胸があるなんざさすがマリモヘッドだ」

 ゾロはコックの言い分に頭に血が上った。自分の取った行動そのものをコックは口にしているだけだが、改めてそういわれると火が出るくらい恥ずかしい。

「……だけど悪くはなかったぜ」

 サンジがぎゅうぎゅうとゾロの頭を締め付けた。すごい勢いで噴き出してくる汗がゾロの髪まで湿らせた。
 ゾロはサンジの言葉が理解できずとにかくまずびっくりした。
 そして、その言葉がなんだかとても嬉しい言葉のように思えてきた。理性は全く理解し始めていないというのに、感情が先にその言葉を受け入れてしまったようだ。

「惜しむらくは……」

 月の光はますます淡くなり、青い朝がすぐそこまで迫ってきていた。

「俺のファーストキスはチョッパーに奪われた後だった、ってことぐらいか」

 イってしまった後、あまりの気持ちよさにわけのわからないことを口走っている自分がいる、とサンジは思った。
 ゾロに対してこれではまるで……

「……てめー、あれ、ファーストキスだったのか?」

 きょとんとした目で(剣豪がそんな目をするのかよ!と思わず突っ込みたくなるくらいの目で)ゾロはサンジに向かって問うた。

「……悪ぃか!俺はファーストキスはここぞというときのために大事に大事にとっておいただけだ!」

 まるで、ゾロに対して何かを抱いているようなものの言い方をする自分が信じられないサンジと、思ったことを時には全部口に出してみるのもいいことだと思っているサンジがいることがサンジには面白かった。

「……へー、そうか」

 にやにやとゾロは笑い、サンジの額に浮かんだ大粒の汗を左手でぬぐい去った。

「そーいうことなら」

 そこで言葉を区切って、ぎゅう、とサンジを抱きしめた後、そっとサンジを抱き上げて、ゾロは倉庫の外に出た。怪我人をこのまま倉庫の固い床に放置しておくわけにはいかない。朝は早いがチョッパーをたたき起こして診てもらわなければならない、と思ったのだ。
 ちゃんと下着もズボンもはかせたあたり少しは物の道理がわかっているのかとサンジは思った。
 階段を上がり、一旦甲板に出たゾロはそこでようやく口を開いた。

「てめーのファーストキスは、とっくに俺がもらってる。錘つけたてめーを海の中から引っ張りあげるときにな」



 東の空から太陽が昇ってきた。真っ白な朝日が二人に向かって射してきて、自分の腕の中にいるサンジに、ゾロは、にやりと笑ってそう言った。








□□□□□
 ……おわったー!

 長い間お付き合いいただきまして本当にありがとうございました。
 私なりの二人の馴れ初めを書いてみたくて、がんばりました。
 目標は冒険アクション小説なのでそれに近づけようと…!
  感想なんかいただけると嬉しくて喜びの阿波踊りを踊っちゃいます。もしよろしければ掲示板とかメールとかに…

2004年3月26日



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