□ステキまゆげ□


「……なんていったの、サンジくん」

 ナミの黒い瞳が大きく見開かれ、ゆっくりと振り返った先の金髪の持ち主をそれだけで威嚇した。

「いやその…ログがたまるまでの間俺は雑用として…」
「素直に同じこと繰り返すな―――っっっ」
 ナミのパンチを頭頂部にもろにくらいサンジは床に倒れこんだ。たんこぶをハート型にすることは勿論忘れていない。
「ああ、怒ってるナミさんもすてきだー」
「ごまかさないで!!!ログがたまる…って3週間も先の話よっ」
 腕組みをした腕を解き、右手の親指を噛みながらナミはいらいらと部屋の中を歩き回った。
 ナニが嬉しくてこの金髪のコックは船長に勝るとも劣らないトラブルを抱えて帰ってくるのだろう。いつかは女がらみで何かあると思っていたが、こんなに早くしかもかなりこの船のクルーを巻き込んだ状態でナニかされるとは思いもよらなかった。
「…そもそもゾロ!あんたがついていながら何でこんなことになってんの」
「そのクソコックが俺にこれだけの荷物押し付けて自分だけ飛んでいった挙句追いついてみりゃすでになんとかって男はぼこぼこにされてたんだぜ。俺がいつどこでどうやったらクソエロコックをどうにかできたんだ?ああ?」
 恐ろしく不機嫌な顔で眉間にしわを寄せまくってゾロはナミに向かって言った。そんなことはナミだってわかっているのだがとにかく何かを言わずにはいられない。
「…コックさんは24時間拘束なの?」
 話を聞いていたロビンが口を出す。サンジはこわごわとうなずいた。
「……いったい誰がっ3週間も食事作るのよ――――っ」
 肩を怒らせてナミはラウンジを出て行き、ドアの影からこっそり中を覗いていたチョッパーは咄嗟にガードポイントをとった。



 ナミが怒るのも大変ごもっともだ。

 甲板の手すりに両腕をだらりとかけて、くわえた煙草から白い煙をふーっと吹き出して、サンジは己の現状を振り返ってみた。
 ヌールの船は見かけどおり大変立派で、やたらめったら大きかった。立派な厨房もついていて、サンジのコック魂が瞬間的にそれに奪われそうになったのは仕方のないことかもしれない。
 ぼこぼこにしてしまったパスカル=ラファエルは船医も兼ねていたらしく、運び込まれてしばらくすると自分で自分の手当てをはじめた。
 チョッパーをつれてくればよかったとサンジは思ったが、あの状況でチョッパーを連れ出したりできるわけもないこともわかっていた。自分のケツは自分でぬぐうしかないのだ。
「おー!サンジ!!何してんだー?そんなとこで」
 突然桟橋から脳天気な声が響いてきた。首だけ捻じ曲げてそちらを見やると、真っ赤な服に麦藁帽子の黒髪の船長が右手を日よけにしてこちらを見上げている。
「……ルフィ…てめぇ島つくなり飛び出していきやがって」
「面白ぇぞ!この島。うまそうなもんいっぱいあったし、な、サンジ、飯作ってくれよ!」
 にししし、と笑う船長は今にもサンジの襟首を掴んでゴーイングメリー号の方へ駆け出していきそうな勢いだ。
「…あの場にいなかったから説明できなかったけどな…ルフィ。俺ぁしばらく飯作れねェ」
「え?どうしたんだサンジ?どっか悪いのか?」
「…そういうわけじゃないんだが」
「じゃあ作ってくれよ!俺、サンジの飯が世界一好きだ」
「……ありがとよ」
 どう説明したらこの船長が納得するだろうかとサンジはぐるぐると考えた。
 ―――船員をぼこぼこにしてしまったので他の船の雑用係になります。
 いや、実際そのとおりなのだがあまりの情けなさに涙が出てきそうになる。
「サンジ――――!」
 にゅっとゴムの腕が伸び、本当にサンジの襟首を掴んだ。
 波打って縮むそのゴムの腕につられてサンジは桟橋に落下する身の危険を身体を丸めてかわそうとした。
「……なにやってるの」
 手刀がルフィのゴムの腕を払おうとしてぐにゃりと曲がったのを面白そうに見て、その次の瞬間右手でサンジの頭を、左手でルフィの手を握り、思い切りよく引き剥がしてから黒髪の女船長は言った。
 サンジは前のめりにつんのめり、ルフィはごろごろと桟橋を転がった。
「雑用さん、そんなところでサボリかしら?」
 にっこり笑う彼女にサンジは思わず両手を小さく上げてホールドアップの姿勢をとった。
「なんだ?お前、俺はサンジをつれて帰るんだからジャマするなよ」
 麦藁帽子を抑えながら立ち上がってルフィは眉を八の字に下げ、浅黒い肌のその女船長を見上げて言った。
「……モンキー・D・ルフィ……ね」
「あ?なんで俺の名前知ってんだ?」
「1億ベリーの賞金首の名前知らないなんて方がもぐりだわ」
 船べりから身をわずかに乗り出し、豊かな胸の下で腕を交差させてヌール=ジャハーンはルフィを見下ろして言う。
「悪いんだけど、モンキー・D・ルフィ。このコックさんは私がもらったわ」
「……はぁ?お前何言ってんだ?サンジは俺のコックだぞ」
 ……これはもててもてて仕方ない自分に対する神のいたずらなのだろうか…とサンジは天を仰ぎ見た。
 己を所有物扱いする二人の船長の間でもうかなりいっぱいいっぱいになっている。
「なんだかよくしらね―けど、とにかくサンジはつれて帰るからな」
「あらだめよ。それだけは許さないわ」
「俺も許さない!」
「……?」
「お前が俺を許さないのを俺は許さない!サンジ、行こう!!」
 ……相変わらずのルフィの言葉にサンジは苦笑した。

 何の迷いも曇りもなくまっすぐ自分を呼んでくれるこの船長にたたき起こされて、こんなところまできてしまったことを微塵も後悔などしていない。それどころかむしろそれを誇りにさえ思っている自分に、サンジは常々変わったもんだと自らを評価していた。
 何も持たない、何の関係もないただの子供のために、自らの海賊としての人生を終わらせたあの人を守ろうと、守ることができると思い上がっていた自分はもうあそこに全部置いてきたのだ。

「そうはいってもねぇ…」
 まだにこにこと笑いながらヌールはひらりと身を翻すと、そのアホみたいに高い甲板から桟橋まで飛び降りた。ヒールの高いサンダルを履いているというのにまるっきり何もなかったようにすたすたすたとルフィに近寄る。
「彼は、私の大切な部下をぼこぼこにしてくれたの」
「だからってなんで俺がサンジをお前にやんなきゃなんねーんだよっ、ぺっぺっ」
 ヌールが3歩足を踏み出した。途端にルフィの表情が強張る。
 半瞬後、右足を下げて迎撃体制をとろうとしたルフィの懐にヌールは踏み込み、そしてサンジのときと同じように鋭い短剣をルフィの顎に突きつけた。
「…船員をやられて黙ってるようじゃ船長の名折れというものだわ。本当はつるし首にでもしたいくらい」
「……」
「人様の船の船員に大怪我を負わせたのよ。これくらいで済むだなんて貴方はむしろ私に感謝すべきだわ。モンキー・D・ルフィ」

 ルフィの真っ黒の瞳と、ヌールの濃いこげ茶色の瞳がお互いを睨みつけ、まるでばちばちと火花を散らしているかのようだった。

「3週間で返してあげるわ。なんて心の広い人間なんだろうと私はちょっと私を誉めたい気分」
 にやりと笑ってヌールは短剣を腰のさやに収めた。





□□□□□
 ……決してルサンとかサンルではありません。ましてやゼフサンでもありません。ええと、基本的にルフィのことは皆が好きだということで。ゾロサンなんですよゾロサン。なのにゾロが出てきやしない。いえ、次ではでてきます。次は早く書きたいな。
 感想なんかいただけると嬉しくて喜びの阿波踊りを踊っちゃいます。もしよろしければ掲示板とかメールとかに…

2003年6月25日



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