□ラブコック□ |
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「……なんだって」 「確かにそうだ、そんな名前だったぞ」 ルフィとチョッパーが蒼白な顔をお互い見合わせて疑いようもない事実を確認しあった。 「なんでロビンそんな大切なこといわなかったんだ!」 ウソップが必死の形相でロビンに食い下がる。ロビンも恐ろしく顔色の悪い顔でウソップをじっとまっすぐに見て、ため息混じりに台詞を吐いた。 「…船長の名前を知らなかったの。港に停まっていたのは4本マストのバーグ…おそらく直前の獲物から奪った元海賊船ね。あの商船が見えていたら…」 「すんじまったことをぐじぐじ言ってても仕方ねーだろ、ナミ、急いで船を出せ。あいつ追いかけて連れ戻すぞ」 ルフィが勢いよく振り向いてナミの方を見た。 もちろんナミはとっくの昔にサンジから渡されたというエターナルポースを取り出して、進路の選定をし始めていた。ゆらゆらと小刻みに揺れながらも一定の方角を指す針の先を注意深く眺めていたナミは、愕然とした表情で力なくだらりとエターナルポースを支えていた腕をおろした。 「どうしたんだよナミ!」 チョッパーがナミに向かって大声を出す。一刻も早く出発せねばならない状況なのは火をみるよりも明らかだ。 「……サンジくん、どういうつもりなの」 ナミが声まで蒼白にしてようやく声を押し出した。おろされた腕の、エターナルポースを握る手がぶるぶると震え白くなっている。 「どうしたんだ、ナミ!早く出発しないとサンジが…」 焦りの表情と声を隠そうともせずウソップが言う。ナミはそんなウソップをきっとにらみつけた。 「あの馬鹿…このエターナルポースは偽モノよ」 「偽物?」 「何でだ?おいどういうことだ!」 ルフィとゾロが同時にナミを振り返る。ナミは注意深くもう一度エターナルポースの針の先を確認して、絶望の表情をありありと顔に浮かべた。 「……見て、あの変なとんがった岩。私たちはあれに対してほぼ2時の方向から来たはずよ。でもこの針の指している先は……3時の方向」 「…よくわかんねーけどそれって誤差の範囲じゃないのか?」 ウソップがナミの隣でエターナルポースの先を見ながら言う。 「残念だけどね」 一発ごん、とウソップを殴りつけてナミは続けた。 「私の航海術をなめてもらっちゃ困るわ。たったそれだけの違いでも、距離をすすむにつれてその差は広がっていくのよ」 右手親指の爪をいらいらと噛みながらナミが言う。 「…サンジくんらしい考え方ね。危険な海軍の香りを嗅ぎ取ったら、自分は残って私たちを逃がす」 「……俺がその海軍だったら、とりあえずあのエロコックを拷問にかけるな」 「…でもサンジのことだから絶対何にもしゃべらねーぞ、あいつ」 「……そして用済みってことで始末されるわけね。あの残忍なヌール船長に」 不吉な未来がありありと予想できるのは嬉しくも何ともなかった。それぞれの発言者は沈痛な表情を隠すことにかなり失敗していた。 「………サンジ………」 麦藁帽子に右手をかけ、船首に座り込み、仲間に背を向けたままルフィが低い声を押し出した。 「あいつ絶対連れ戻して殴る!」 ばき、とルフィの左手が鳴った。 「船の行き先を勝手に決めんな!船降りるとか降りないとか自分で勝手に決めんな!!サンジは俺のコックだぞ。」 「いい加減しゃべってしまえば楽になれるのに」 豪華な船の底には大変悪趣味な「拷問部屋」がしつらえられていた。この船の元の所有者は余程拷問がすきだったらしい。ありとあらゆる道具が取り揃えられている。 拷問を受ける側の立場としてはありがたくないことこの上なかった。 「しゃべったら今まで拷問に耐えてきた俺の努力が無駄になるだろう?」 そんな状態でもまだそんな口をたたけるのか、とヌールは半ばあきれて目の前にうなだれる金色の髪の雑用係の顎を乱暴に持ち上げた。 サンジはとりあえず鞭で殴られ、うめき声ひとつ出さなかったことに激昂した拷問係が(そんなやつどこから調達してきたのかと聞いてみたが、この美貌の女海軍はそんなのはどこにでもいるわ、と一笑に付した)力任せに腹を蹴り上げ続けたために、胃液が逆流して唇の端から糸をひいて落ちた。とっくにモスグリーンのシャツはびりびりに破れて既にシャツの様相をなしていない。 しかしそれでも何もしゃべらないどころか挑戦的な目つきで拷問係を見るので、ますます拷問はエスカレートした。焼けた火箸を押し付けられる。頭を海水の入った大きなバケツに突っ込まれる。刺激物を塗った鞭で打ち据えられる。…… それらのどれにもサンジは決して屈しなかった。うたれ強さにはかなり自信があった。 ここでルフィたちの行き先をしゃべったら終わりだとサンジは思っていた。この船の女船長、そして海軍の中でも一際海賊に対しての残忍さを誇るヌール=ジャハーンが相手だとすれば、手に手をとって全員で仲良く逃げましょうなどという嬉しい展開にはならないだろうとサンジは予測していた。 初対面の時にサンジは既にヌールの力量を思い知らされていた。ルフィや、ましてゾロが負けるとは思わないが、海賊を殲滅することに至上の喜びを見出すヌールが、たった一人で一億ベリーの賞金首を相手にするわけがない。ヌール一人と戦っているように見せかけて、巧妙に配置された部下の大規模な包囲網によって一網打尽にされる可能性は非常に大きい――― 強さを疑っているわけではない。 ルフィも。そしてあのマリモ頭も。 恐ろしく強いことはサンジは承知している。 しかし 傷つき、倒れる仲間を見るのはいやだった。 自分がこうすることで、仲間が傷つかずに済むのであれば、願ったり叶ったりだ―――――― 「しゃべらないのなら、あなたには利用価値がないってことね」 「あんたにとってはそうだろうな」 ぎり、と顎を恐ろしい握力で握られているサンジは、それでも唇の端を片方器用に上げてヌールに言葉を返す。 「それなら死んでもらうしかないわ」 「どーぞご自由に。麦わら海賊団はこれでヌール船団と縁が切れるわけだ。めでたしめでたし」 サンジは今度は本格的に笑おうと試みた。そして一部成功する。ヌールはあきれ果ててサンジの顎を掴んでいた手を離し、またうなだれる頭に向かって口を開いた。 「あなたは死ぬのよ」 「ああ、別に俺ぁナミさんを守って死ねるのなら本望だぜ」 顔を正面に向けて支える力すら失い、天井から吊り下げられた鎖でがっちり両腕を固定され、巨大な鉄の足枷をつけられた囚われの海賊は、あくまで堂々としていた。ヌールはいらつき、もう一度口を開く。 「…本当の死の恐怖を前にしてもそうかしら?」 「さあ、俺はなんせ青海の悪魔だからな」 スパン 実際にそうとしか表現できない音がして、ヌールの短剣が横に一閃されたあと、サンジの両太腿から血が噴水のように勢いよく吹き上げた。 □□□□□ …拷問ってもっとひどいことたくさんしてると思いますが、あんまり書くと隠しページにしなきゃならなくなるので…がんばれサンジ! 感想なんかいただけると嬉しくて喜びの阿波踊りを踊っちゃいます。もしよろしければ掲示板とかメールとかに… 2003年9月13日 |