□冷凍船長□


ささがきさま

狭いキッチンを動き回るルフィの姿に、俺は片方の眉を吊り上げてわざと大きな溜息をひとつ上げた。
「おいコラルフィ」
「あ〜」
「あ〜、じゃねぇ。おめぇさっきっから邪魔なんだよ。用が無ぇならとっとと出てけ」
「そんなこと無ぇぞ。用、あるっていったらあるぞ」
「そこら中の食いモン漁るのは用とは言わねぇんだよ」
俺の言葉を聞き入れてる素振りも見せずに、ルフィが冷蔵庫の扉を開けドカリとその前にしゃがみ込んだ。
「なぁなぁサンジ、コレ、コレも焼いてくれ!このデケぇハム!」
「いー加減にしろてめーっ」
保存食料として奥に隠しておいた特大のハムを見つけ、それを嬉しそうに手に掴み振り返ったルフィの横っ面に遠慮無く踵をめり込ませる。
壁に飛んでいきながらも手にしたハムはしっかりと掴んだままのルフィの姿に、俺は先程とは違った溜息を吐き出してしまった。
「なんだよい〜じゃねぇか俺の誕生日なんだしよ〜。ケチケチしてるコックなんてコックじゃねぇぞサンジ」
「そんな訳のわかんねぇコックの定義聞いた事無ぇよ。とにかく俺ぁおめぇと遊んでる暇は無ぇんだ。誰かさんのその面倒臭ぇおたんじょーびのせいでな」 
膨れっ面を浮かべたルフィの手からハムの塊を奪い取る。
「あ〜〜〜っ」
「あ〜あ〜言ってねぇでオラ、出てけ」
言ってるそばから、ルフィがテーブルに置いてあった焼き立ての魚のパイ包みを口一杯に頬張った。
「食うなーーっっ」
「もう食っちまったし」

食ってる時のルフィの顔は嫌いじゃない。
嫌いじゃないが、まったく悪気も無く事を進め俺の声を張り上げさせ俺の喉を痛めつけるこの船長には、時折真面目に憤りを感じ、その後真面目に怒ってる自分に馬鹿馬鹿しさを感じ 、無駄な時間とエネルギーを費やしてる自分に滑稽さを痛感させられる。 
意志の疎通が出来ている様で、実はまったく出来ていないんじゃないかと疑ってしまう相手の前に屈み込み、嫌味たっぷりな顔で睨み付けてやった。
「このパイサカナ美味ェぞ、サンジ」
嫌味たっぷりな顔も、結局は無駄な行為だと時間を置かずに思い知らされる。
悪びれずにニコニコと言ったルフィの首元を、俺は右手できつく締め上げた。
「毒でも入れてやりゃ良かったぜ」
俺の手をそのままに、ルフィが口の中で魚の骨をバリバリと噛み砕き「毒入りでも美味ぇ」と再び笑顔を浮かべる。 
「骨は出せよ・・」
「ま〜、毒をくわばら骨までって言うしな」
「くわばらじゃなくて食らわば。骨じゃなくて皿だアホ船長」
「いや、いくら俺でも皿は食わねぇぞ?」
「いっそ皿100枚食って死ね」 

ルフィの首に回していた5本の指に、少しだけ力を加える。
熱い体温が5本の指にゆるゆると伝わり、湿った汗が指の腹に薄く貼り付いた錯覚に陥る。
不意に見た目の前の船長は、白い歯と相反する真っ黒な双眼で俺を見据えていた。


「・・何だよ」
「俺、結構好きだぞ。サンジのそういう顔」
俺を見ているルフィの瞳は、キャビアの黒と色調が似ている気がする。
「ホントはそんなに怒ってねぇのに、すげぇ怒ったフリするサンジとか」
笑った口元から見え隠れする舌は、兎の肉の色と良く似ているかもしれない。 
「面倒臭ぇとか言いながら、ホントは結構楽しんでたりしてるおめぇとか、俺、好きだぞ」
指に感じるルフィの首の皮膚は、多分どれにも、似ていない。
「出てけとか言って、ホントは俺に居て欲しいって思ってるサンジなんかは、すげぇ好きだ」

聞こえていないフリをしている俺にも、ルフィは既に気付いてるんだろうか。

無意識に、相手を畳み込む。
そんな行為や言葉を、真正面から無遠慮に叩き付ける。
決して暴かれたくないものを暴かれて、素っ裸のまま一人呆然と突っ立っている感覚に陥っている相手を後目に、自信と確信に満ちた笑顔ですべての結果を一方的に己の糧にしてしまう。
この世の、自分の周囲の何もかもを、残らず食い尽くしてしまう。 

毒はコイツだ。と思った。



指に、更に力が加わる。
ルフィの細い首が、押さえられた部分だけ白く皮膚の色を変えた。
「おめぇを、殺してやりてぇ」
「サンジ?」 
「ぶっ殺して、冷凍庫に押し込んでやりてぇ」


毒は、コイツ。 

ルフィの動脈が力強く脈打ち俺の指に伝わってくる。
この細い首を更に指で締め付けると、生の証であるこの振動がいつかは途切れる時間がやって来るんだろうか。途切れる瞬間がやって来ても、ルフィは変わらず白い歯を見せて俺を好きだなどと陳腐な言葉を連ね笑うんだろうか。
それなら俺は、極上のワインでも飲みながら、ルフィの凍った顔にゆっくり指を這わせ『誕生日クソおめでとう』ってニッコリ微笑んでやりたい。
ルフィの笑顔に決して呑まれない様に、最高に幸せそうに、微笑んでやりたい。
来年も、次の年も、その次の年も。俺が死ぬまで、ずっと。

笑顔のままのルフィの死に顔を思い浮かべ、俺の意識が恍惚に近い次元に飛んだ。



「なぁサンジ」
右目から無意識に流れ落ちた涙を、ルフィが指で掬った。
「俺、寒ィのはヤだぞ?」
掬った涙の雫を、ルフィがぺろりと舌で舐め取る。
その薄いピンク色は、やっぱり兎の肉に似ていた。 
「冷凍庫は、ちょっとヤだぞ」


骨でも皿でも、どっちでもいい。
けど俺は骨になったお前より、凍ったお前がいいんだよ。



ルフィの頬に付いていたパイ屑を指で摘みながら、又涙が一筋流れ落ちた。 
ルフィが再び俺の涙を掬い取る前に、俺はそのパイ屑を自分の唇の上に置いた。 







 
□□□□□

 ささがきさんの作品は、きれいごとばっかりではない、ちゃんと「そうなったら一体普通に考えたらどうなるよ」というところをきちんと丁寧に書いてくださるものすごい作品ばかりです。
 ルフィほど強烈に周りを変えていくキャラを、「毒」だとさらりと定義づける、とってもクールなこの作品も大好きです。
 アザラシさまは閉鎖中ですが、イベント毎にDLFがあるかも…という期待を込めて無理やりにトップにリンクをはらせて頂いちゃったりしました。すみませんすみませんすみません…

 2003年5月19日



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