うらめしや
「夏の夜といえば怪談だ。八戒」
「……僕やあなたの実体験のほうがよっぽど怪談だと思いますけどv」
さらりとひどいことを言ってのけて、八戒はその身体を抱きすくめようとしていた悟浄の手からするりと身を翻して、シンクの前に立った。
「ちぇー。日本の情緒って物を味合わないとだめじゃん。ほら、昔っからいうだろう「うらめしや おもてはうどんや かどにはパンや 一丁目にはそうめんや」……」
「……………………それは激しく間違った認識だと思いますよ」
ここは日本ではなく桃源郷だ、という突っ込みと、うらめしやというのは決して裏の飯屋ではなく恨めしいというのろいの言葉じゃないのかという突込みを別々にするのもあまりにくだらなかったので一言で終わるように突き放して八戒は言った。
「だってさー。八戒かまってくれないんだもん」
ぷう、と頬を膨らませて子供のようなリアクションを取る悟浄に思わず八戒は微笑をもらした。どんなくだらないことでもいいから八戒の気を引いておこうとする努力の方向が少し間違っているような気がしないでもなかったが、それがとてもかわいらしくて(こんなこと悟浄の目の前で言ったら殺されるからとてもいえないのだけれど)洗いものの手を止めて、八戒は悟浄を振り返った。
「どんなのがかまってることになるんですか?」
「そりゃ―もちろんあーんなことやこーんなこと…って うそですじょうだんですごめんなさい!!」
「悟浄。口にはよーーーーーーーーーく気をつけましょうねv」
ちょうど水気を切っていたところだった包丁を鼻先に突きつけられた悟浄はホールドアップの姿勢をとって残念そうに鼻の下を伸ばした。
「わかった。わかったから、だったら八戒、キスさせてよ」
「それだけでいいんですか?」
「あと、ハグもつけてvv」
「わかりました。それくらいなら」
「ほんとにーー??!」
言うが早いか悟浄はぎゅうっと八戒をその広い胸の中に閉じ込めた。細かく触れるか触れないかくらいのキスをそのこげ茶色の髪にふらせる。
「悟浄…!ちょっと待ってください、まだ途中なんですから…!」
「だーめ。今やっとかないとすーぐ気が変わっちゃうんだから」
洗い物が終わったら次はお風呂だ、明日の朝食の準備だ、と八戒はくるくるとよく働く。はたらいてばっかりだから、悟浄もうかつに手が出せないのだ。こんな千載一遇のチャンスを逃すわけには到底いかない。
そうして、悟浄は腕の中の八戒の髪にこれでもかとキスの雨を散々降らせた。
最初は抵抗していた八戒がおとなしくなったころを見計らって、そっと耳の一番上にキスを落とす。八戒の身体が一瞬ぴくり、と反応したのに気を良くした悟浄は、わざとそこばかりに軽く唇を触れさせた。
「…ご、じょう…ちょっと、もうおしまい、ですってば……」
「こらこらこら、俺はまだキスしてもないぞ」
「今、してる、じゃないです、か…」
切れ切れに苦言を主張する八戒を丸め込むかのように、悟浄はついばむようなキスを繰り返す。右の耳たぶの上の部分の次は、左の耳たぶの後ろ、とあちらこちらに変幻自在に降らされるキスの雨はやがて八戒の奥に眠る官能をずるずると引きずり出すことに成功しつつあるようだった。
こらえきれず、八戒が小さく「あ…」ともらした声をもちろん悟浄が聞き逃すわけがない。ついうっかりもれた声のポイントは勝手知ったる八戒の弱点、耳と首筋のちょうど中間地点であった。悟浄は軽く噛み付くようにそこを集中的に攻撃する。
「ご、じょう…!」
「我慢しない―。もう、そーいう我慢しちゃうところが悟浄さんを煽ってるってわかってる?」
好き勝手いう悟浄の言葉にかっと顔を赤らめて、八戒は潤んだ瞳で悟浄をにらみつけた。しかしそれは悟浄にとってまったくの逆効果で、その瞳は情欲に濡れ、悟浄を誘ってるようにしか見えない、と非常に悟浄は自分に都合のいい判断をくだした。
もうそろそろいいころか、と悟浄は八戒の上まできっちり止められたシャツのボタンをくわえて、器用にボタンを2つ、はずした。はずそうと悟浄が動くたびに、悟浄の息や、ばらばら動く髪が八戒の肌をかすかになでて、余計に八戒の熱を煽っていった。
ボタンをはずし終わると、悟浄は鎖骨のくぼみにも同じように軽いキスを雨のように降らせ、そして唐突にきつく首筋を吸い上げた。
「あ…!」
「ナニ?感じちゃった?」
違う、とふるふる首を振る八戒をぎゅうっと抱きしめて悟浄は心の中でなんてかわいいんだと58回繰り返しつぶやいた。(もちろん口に出したとたん気孔で吹き飛ばされるだろうという分別くらいはまだ悟浄は持ち合わせていた)その間に、背中に回した手はゆっくりとしかし着実に、シャツの上から八戒の肩甲骨をなで上げる。悟浄の手は巧みに動いて、背中からわき腹にかけての特に八戒が感じやすい部分には直接触れずに、わざと少しずらしたポイントばかりを這いまわった。すぐ近くまできている悟浄の手がかすかにシャツを引っ張り、そのシャツが少しだけ八戒の性感帯を刺激する。
もどかしくて、でも何もかもどうでもよくなって悟浄を求めるほどにはまだ煽られきっていなくて、八戒は夢中で悟浄にしがみつくことしかできなかった。
悟浄はさらに巧みにシャツのすそを八戒のジーンズから引っ張り出し、直接その背中にごつごつとした自分の手をそっと這わせていた。
「ごじょう…!約束が……」
「約束ってキスとハグじゃん。俺まだキスしてないぜ?」
「それ以上の事…してるじゃないですか…!」
「あれー?それ以上ってナニ―?悟浄さんお子様だからよくわかんなーい」
そんな言葉だけで真っ赤になって恥ずかしがる八戒に、悟浄はますます気をよくして、悟浄はゆるゆると背中をなでていた手を突然前に回し、きゅ、と八戒の胸の飾りを摘み上げた。
その突然の刺激に八戒は自分の身体の中心が硬く張り詰めたのを自覚して顔をさらに真っ赤にし、でもそれを悟浄に悟られないようにとさらにぎゅうっと悟浄にしがみつき、結果的に悟浄の足にその股間を触れさせることになって悟浄を喜ばせることしかできなくなってしまっていた。
「んー、八戒、すごいぜ、ココ」
ジーンズの上からするりと悟浄が八戒のペニスをなで上げた。
「…ご、じょう…!やだ、もう…!」
「もう、ナニ?」
そういって悟浄は残りのすべてのボタンも八戒を抱きしめた体勢のまま器用に口を使ってはずすと、シャツの中にもぐりこんで、胸の飾りに軽く舌を這わせた。八戒の背がびくんとのけぞる。この程度の刺激でここまで反応してくれる八戒がいることが悟浄にはとても嬉しかった。
性欲処理ではないセックス。
いとおしいと思う気持ちがどんなものなのかはまだよくわからないけれど、大切に思っている人とのセックスはどんな些細なことでもこれほどまでに気持ちよくなれるものなのだと悟浄は八戒をはじめて抱いたときに、はじめて、知った。
「もう、ナニ?ちゃんと言ってくれなきゃよくわかんなーい♪」
「悟浄……」
碧の目にあふれれんばかりに涙をたたえ、八戒は必死に悟浄にしがみつきながら悟浄の手を取ると、その手を自分の股間に導いた。口に出すよりはいくらかまし、と選択したその行動は理性的になって考えると穴を掘って隠れたいくらい恥ずかしいものではあったのだが…
すでに硬く張り詰めたそこに、悟浄はジーンズの上からバードキスの嵐を降らせた。そして、八戒の腰が砕けて床に崩れ落ちる寸前に、八戒の身体を抱え上げ、寝室へとドアを蹴っ飛ばした。
朝のまどろみのなか柄にもなくやたらと母音の多い言葉を口の中でもごもご言う悟浄の気配を背中で感じて、八戒は昨夜やろうと思っていたすべての仕事がまったく何もできないままだという怒りをすっかり忘れることに決めて、その2/5を母音が占める言葉を自分の口のなかでももごもごと繰り返した。