Birthday Card 4
「…あのな、八戒」
「なんでしょう」
ため息をついて、こめかみに手を当てて悟浄は言った。
「俺の誕生日を祝ってくれるのはイイんだけどさ」
「はい」
にこにこと八戒は笑顔を絶やさない。
「なんつーかこう、もういいわ、俺」
そんな八戒の笑顔に気力を思い切り削がれながらも悟浄は言葉を続ける。
「毎年毎年さ、お前もいちいち企画してカード書かせて回収して…って大変だろ?」
「いえ?」
「………ネタだってつまるだろ?」
「まだまだストックはいっぱいありますよ」
にこにこと笑う八戒に次々と論破されていく悟浄はどんどん気力を失っていった。というかここまで言ってどうして八戒に通じないのだろうと悟浄は心から思った。
「どうしたんですか?悟浄、浮かない顔して」
「…いやそのどうもおかしいと思わないほうがおかしいんじゃね―のか」
悟浄がそう言って見やった先にはドアがまた一枚あって、大きな鍵穴が二つつき、銀色のフォークとナイフの形が切り出してあって、
「いや、わざわざご苦労様です。大変結構にできました。さあさあおなかにお入りください」
という声が聞こえてきた。
もう本当に悟浄はどうでもよくなって、とりあえず八戒の両肩に手をかけ、思いのたけをぶちまけることを決意した。もういい加減にして欲しかったのだ。
「だめだよ、もう気がついたよ。塩を無視してるよ」
「当たり前だ。カードの書きようがまずいんだ。あそこへいろいろ注文が多くて煩かったでしょう、お気の毒でしたなんて間抜けたことを書いたもんだ」
「どっちでもいいよ、どうせ俺らには骨も分けてくれやしないんだ」
「それはそうだ。けど、もしここへ沙悟浄が入ってこなかったらそれは俺らの責任だぜ」
「呼ぼうか、呼ぼう。おい、沙悟浄、早くいらっしゃい。いらっしゃい。いらっしゃい。お皿も洗ってありますし、菜っ葉ももうよく塩でもんでおきました。あとは沙悟浄さんを前にお皿に乗せるだけです。早くいらっしゃい」
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともサラダはお嫌いですか。そんならこれから火をおこしてフライにしてあげましょうか。とにかく早くいらっしゃい」
そのドアの向こうから、何人もの声ががやがやと聞こえてきて、悟浄は八戒に文句を言うタイミングを全く逸してしまった。そんなのばかりだと悟浄は思った次の瞬間、八戒に突き飛ばされて、先ほどのフォークとナイフが切り抜かれているドアの向こうに転がり込んだ。
「HAPPY BIRTHDAY!]
ぱんぱんぱあああん
クラッカーがはじけて転がり込んで床と見事にお友だちになった悟浄の上に降りかかった。
「誕生日おめでとう!」
「おめでとう」
「おめでとう」
言葉のシャワーが悟浄の上に降りかかる。
目の前には真っ白の皿が用意されていて、確かに塩でもんだ菜っ葉が置かれていた。長いテーブルが置かれている両脇には、八戒が(脅して)カードを書かせた面子がズラリと勢ぞろいしていた。
三蔵と悟空は悟浄のあとからその部屋に入り、普通の顔をしてその両脇に並んでいる。
「……」
「どうしたんですか?悟浄。あんまり変なことばっかりさせたからびっくりしてますか?」
一番あとから八戒が部屋に入り、まだ倒れている悟浄に向かって手を差し伸べた。その手を取って立ち上がり、悟浄は目を白黒させる。
「もしかして悟浄、疑ってました?僕達だって、たまにはちゃんと普通に悟浄の誕生日をお祝いしたいんですよ」
そう言って椅子を引いて、八戒は悟浄をお誕生日席に座らせる。
「悟浄。何でも食べたいものを言ってください。悟浄のためだけに腕によりをかけて料理を作ります」
「……八戒、皆……」
呆然としたまま悟浄は隣に立っている八戒を見上げた。にこにこと笑っている八戒に、悟浄は悪いことをしたな、と思った。
ちゃんとお祝いをしてくれようとしていたのに、自分はそれを疑ってばかりいた……好意を無にしてしまったような気がしてならなかったのだ。
「俺……」
「あ、勿論悟浄」
喜んで八戒の手料理を注文しようとした悟浄ににこやかな笑顔のままで八戒は言った。
「どのカードが誰のだか当ててからですよv」
……
………
…………
そして悟浄は例年のごとく例年の通り八戒に耳打ちをした。八戒はにっこりと笑って結果を発表し、そして今年も例年のように悲鳴がそこら中に響き渡っていった。
…たった一つ例年と違っていたことといえば、今年は悟浄は八戒の手料理にきちんとありつけた、ということに他ならない。
宮沢賢治・注文の多い料理店より