冷静な判断からくる行動の結果がどうしても自己犠牲ととられてしまうことがかなりあるのはなぜか




 炎を結晶化したような赤い2匹の竜がその身体をのたうたせるたびに、全身から子供の頭の大きさほどもある炎の塊が四方八方に飛び散っている。
 
 おそらくは黒竜王が呼び寄せた漆黒の積乱雲が月と星とを完全に隠し乾いた大地を闇で塗りこめている。
 間断なく続く雷鳴が、悟空と錫杖の表情をより深刻なものへと変えていった。

「いい、孫悟空よく聞いて」

 炎の竜の攻撃をかわしながら、錫杖が悟空を真摯なまなざしで悟空を見ながら口を開いた。

「今こうやって2人ずつばらされていたら、ただやられるのを待つしかないわ」

 炎の竜を操るオレンジ色の髪の男―――南海紅竜王としては、2人にゆっくりと相談をさせるつもりなど毛頭なかった。
 無言で炎の竜を2人の間にたたきつける。
 竜が大きな口をあけて錫杖を噛みさこうとした瞬間、錫杖は背をそらし、バク転しながらそれを避けた。

「だからあなたは玄奘三蔵の元に」

 竜は間断なく攻撃を仕掛けてくる。正直防戦一方の状況だが、攻撃を的確にかわし、驚くべきことだが彼女は輻射熱による軽い火傷以外は傷らしい傷を負っていなかった。

「ちょっと待てよ!何だよそれ!」

 悟空の俊敏さをもってしても彼の両腕には無数の火傷ができていた。炎によって抉られた火傷とも擦り傷ともつかない傷もあちこちにある。
 オレンジ色の髪の男は唇を歪めてそのにげっぷりを楽しんでいるようだった。わざと致命傷を負わせようとはせず、悟空と錫杖をおもちゃにして遊んでいるかのように。

「何で俺なんだよ。あいつ強いぞ!三蔵には如意棒もついてるじゃねーか」
「…あたしが悟浄のところにいけないなんて、あんな結界を作ることができるのはきっとこの世にただひとり」

 錫杖が悟空の襟首を引っつかんだまま、空高く飛び上がり、炎の竜がものすごい勢いで二人の方向に突進してくるのを避けながらやけに冷静な声で悟空に言った。

「そしてここには紅竜王」

 着地したところを狙って攻撃してくる竜の動きを予測していたかのように、錫杖はその瞬間やはり悟空の襟首をつかんだまま飛び退り、ごろごろと乾いた大地に二人して転がった。

「となれば。玄奘三蔵のところには黒竜王が現れているはず。如意棒ひとりでは玄奘三蔵を守るのが精一杯だわ」

「…なかなか、すばしっこいですね。1000歳にも満たない魔器とはとても思えない」

 くすくす笑いながら紅竜王は新たに口訣を唱えた。新たな炎の竜が更に2匹沸いてでる。

「だから孫悟空。あなたは如意棒を使ってさっさと黒竜王を倒してきて。あなたが黒竜王を倒してここに戻ってくるくらいまでの間なら私はひとりで平気」

 錫杖が言い終わるのと、4匹の竜が同時に錫杖に襲い掛かるのとはほぼ同時であった。四方向からやってくる炎の竜に一歩もひるまずに、錫杖は悟空の背中を蹴飛ばして、「早く行って!」と叫んだ。

「あたしは大丈夫だから!一刻も早く如意棒と玄奘三蔵を連れて戻ってきて!!」

 4匹の竜が錫杖にからみついたと思った瞬間――――――――――この世のものとは思えない咆哮が悟空の耳を劈いた。
 その光景から目をそらさずに、そして次の瞬間にはくるりと背を向けて、悟空は猛然と、先ほどまで自分が腹が減ったと騒いでいた場所へと駆け出した。






「玄奘三蔵!うろちょろしないで!!!」

 正確な中国武術の型で、黒竜王の操る水の竜の攻撃を叩き落しながら、如意棒が三蔵に向かって言った。

「…ふざけるな。誰が貴様などに庇ってもらうか」

 三蔵の銃が効かない事は昨日の襲撃で痛いほど思い知っている。水の竜の力も人間である三蔵には正直――なかなか打ち破れるものでないこともわかっていた。魔戒天浄を使えるほどの猶予は三蔵には与えられず…結局とりあえず逃げることしか今の彼にはできなかった。

「殴るわよ。今度そんなこと言ったら」

 三蔵の胸倉をつかむという世間一般の善良市民が見たらその場でひっくり返りそうな行為を平然と如意棒はやってのけ、三蔵の顔に息がかかるくらいまで顔を近づけると、吐き捨てるように言った。

「誰が好き好んであんたみたいな年端も行かないくせにエラソーなクソ坊主なんか庇うもんですか。あんたがうろちょろしてると邪魔なの、戦いにくいの」

 玄奘三蔵法師様にまるっきり歯に衣着せぬ物言いをすることができる存在は桃源郷広しといえども5指をでることはないだろう。辛らつな言葉を浴びせ掛けるだけ浴びせ掛けて、三蔵をとりあえず岩陰にほおりだすと、如意棒は黒竜王に向かって手刀を8発、叩き込んだ。

「…ふふふふ…効かぬな」

 8発ことごとくを紙一重でかわし、黒竜王は薄ら笑いを口元に浮かべた。

「効くように殴ってないからな。貴様は所詮兄たちがいなければひとりでは経文も奪えないとんだお荷物野郎だ」

 敵と対峙するときにはすっかり言葉も表情も対戦モードに切り替わる如意棒は構えをとかず、朗々と声を張り上げた。

「…好き勝手言いおって……」

 黒竜王の頭に見る見るうちに血が上るのが漆黒の闇の中でもはっきりと見て取れた。簡単に挑発に乗るところがまだまだなんだよ、と教えてやる義理もなかったので、如意棒は更にそれを煽る。

「もともと竜王は東西南北の守り神。黒竜王。貴様は北方の守護神。北からの異民族の侵略を防ぐ神だよなあ」

 水の竜2体を同時に左右に蹴り飛ばして如意棒は更に言葉を続けた。

「…しかしどうだ。異民族の侵略を貴様は防ぐことができたか?」

 どおおおおおおん

 激しい落雷音があたりに木霊する。2抱え以上もある雷が、地面を打ち、薙ぎ払った。如意棒はその衝撃を寸前でかわす。

「煩い!」

 血走った目で黒竜王は叫んだ。漆黒のよろいがびりびりとその大音声に振動する。

「始皇帝に万里の長城まで作らせておいて」 

 しかし、如意棒はそんな黒竜王の様子などどこ吹く風といった体で、糾弾をやめようともしない。

「煩い!!」
「貴様がもっとしっかりしていれば長城など無用の長物」
「煩い!!!」
「挙句、侵略はいっそう激しさを増している」
「黙れ!黙れ黙れ!!!魔器の分際で、この北海黒竜王を愚弄するか!!」

 どおおおおおおおおおおん

 立て続けに雷を落とした黒竜王は、にや、と口を歪めてその中の一つを三蔵に向けて放った。
 
 雷は電気の塊である。その電圧は平均的な雷で1億ボルト。電圧とは電気を流そうとする力であるから、その雷の直撃を食らえば少なくとも1000アンペア以上もの電流が身体の中を流れていくのだ。
 普通の人間は、身体の中を1アンペアの電流が流れただけで黒焦げになることがある。0.1アンペアという電流でも心臓に直接流れれば、簡単にその心臓の動きを止めることができる。

 妖怪の統計は取られたことがないのでわからないが、とにかくその程度の電流でも即死できる、「普通の人間」の部類に間違いなく入る三蔵が、あんな雷の直撃を受けたとしたら…

 勝ち誇ったかのように、にやりと口を歪めた黒竜王の表情が一変するのにそれほど時間はかからなかった。

 三蔵の身体に1億ボルトの電圧がかかる寸前、三蔵の身体をまばゆい光が包み、ことごとくその塊で襲い掛かる電気を反射した。

「な、に―――――?」
「何で私がわざわざ玄奘三蔵の胸倉をつかんだかすらわからぬひよっこめ」

 薄く笑いを浮かべて如意棒は黒竜王の懐に飛び込んだ。ひじを顎に向けて打ち込む。黒竜王はのけぞってそれを避け、後ろに遠く飛び退った。


「如意棒っ!!!」


 ものすごい勢いで走ってきてた悟空が如意棒を呼び、如意棒はあっという間に悟空の右手に納まった。
 そのままの勢いで悟空は、黒竜王の眉間、のど笛、心臓に合計12発の突きを入れる。

「1分でケリつけるからな!」

 切れた唇の端から流れ出た血をぬぐいながら、憤怒の表情で黒竜王は悟空をにらみつけた。




 











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