BIRTHDAY CARD 3
「残るはこれ一枚ですよ。悟浄。これ当てないとまずいですねえ」
「……わーってるよ」
不機嫌な顔で不機嫌に答える悟浄に、八戒は、最後の一枚のカードを差し出した。
『誕生日おめでとうございます。悟浄』
普通の書き出しで、普通の字が並んでいるそのカードを見た瞬間、悟浄はこれを特定するのは大変難しいことを悟った。どうして今まで誰も当てられなかったのかと大変悔やみながら残りを悟浄は読んでいく。
難しかろうがなんだろうが、今これを当てに行かないとえらいことになるのは必至なのだから。
『毎年毎年、いろいろとネタを考えるのも僕は嫌いじゃありません。
悟浄が涙を流さんばかりに毎年いやな顔をしながらも喜んでくれるのを見るのはイイ気分です。いやよいやよも好きのうち、とよく言いますよね』
いや、言わない、と激しく悟浄は突っ込みたくなった。まるっきり八戒を装ってかかれてあるこの文章の書き主の度胸を悟浄は心のそこから賞賛した。
『僕がこのカードを書いてもらいにまわっている間、書くのを嫌がる人はいませんでした。皆さん、とても快くこのカードを書いてくれました。僕は逆に感謝されたくらいです。こういう機会を作ってくれてありがとうって』
……それは八戒が恐ろしくて何もいえなかっただけではないのか、と悟浄は一瞬思ったが、そんなことを間違って口に出したらすまきにして流されるだけなので、かろうじて口に出すことだけは自制した。とりあえず続きを読んでみることにする。
『悟浄。僕があなたと出会ってから長い時間が流れました。最初僕はあなたに名乗る必要を感じなかったし、あなたも僕の名前を知る必要も感じなかった。それは当然のことだと思います。僕は、しにたい、と思っていただけでしたから。生きている意味なんて何にもないと思っていましたから。
この世で一番大切な人は、たった一人だと僕は思っています。未だに僕が一番大切なのは花喃です。花喃以外の誰も一番大切だとは思っていませんし、花喃以外の誰がどうなろうとも僕の知ったことではないとずっと思っていました。
だけど僕は、あなたの名前を知りたい、と思いました。あなたのその瞳は僕にとってとても重要な意味を持つものだから。だから、あなたの名前を知って、あなたにもう一度会いに行きたい、と思いました。死んでしまっても全くよかったのですが、せめて死んでしまう前に、あなたが笑うその姿を見たい、と思いました。
僕がこんなことを言うとあなたはびっくりするかもしれません。いや、びっくりするでしょう。
でも、これを書いている僕自身がびっくりしています。
悟浄。ただ死んでいくだけのはずだった僕の命を、気まぐれで救ってくれた、といって、僕に嘘をつくやさしい悟浄。本当にただの気まぐれでも何でも僕はあなたに拾ってもらえて本当によかった。
あなたの家で、過ごしたあの1ヶ月間がなければ、僕は確実に花喃が決して望まないであろう自らの手で自らの命を絶つという行為を選んでいたということは間違いありません。それを選んでしまったとしたら、今、こうやってあなたの誕生日を祝うという行為を行うこともなかった。あなたの誕生日も知らなかった。
それを考えると、僕は今生きていてよかった、と少しだけ思うことができます。あなたの誕生日をこんなに大勢で祝うことができるという一点だけでも、僕にとってはとてもとても、重要なことです。
悟浄。人の気持ちが変わるのは、悪いことだと思いますか。大切な人がいるのに、大事な人ができたらそれは大切な人に対する裏切りだと思いますか。
花喃のことを、どれだけ祈っても何も救ってくれはしなかった神に対して懺悔するよりも、僕は、あなたにこれを聞きたい。
僕は、裏切り者だと思いますか。
あなたの誕生日を祝いたいと、とても祝いたいと思っている 猪八戒』
……最後まで読み終えて、悟浄は目を白黒させた。なんとそこには八戒の署名まで入っている。
普通、誰が書いたか当てるというこのゲームで、誰が好き好んで署名を書くというのだろう。署名するなら、最初から示し合わせて適当にシャッフルするほうが現実的にありそうな話である。
カードから眼を上げて、悟浄は八戒を見上げた。八戒は、微笑をたたえて悟浄をまっすぐに見ている。
「どうしたんですか。悟浄。それ、一体誰が書いたのか早く当ててもらわないと」
もしかしてこれはトラップか、と悟浄は思った。
何で好き好んで八戒が悟浄におごろうとするというのだろう。こんなに嬉々として嫌がらせの準備に余念のない八戒が、こんなことを思っているとは悟浄にはにわかに信じがたいことであった。
「…いや、でも、これ……」
「ああ、確かにそれ、めちゃくちゃいやいやかいてましたよ」
悟浄はますます混乱してきた。他人事のようにそれを告げる八戒の瞳の奥を読み取ろうと、その美しい碧色の瞳を悟浄はすうっと目を細めて見やる。
「いやいや生きて、いやいやあなたとであったんでしょうね。その人」
「……そんなやつの心当たりはいっぱいありすぎるんだが」
「いやいや助けてもらったらしいですよ。実際。何で助けるんだ、って妖力制御装置はずして、あなたを引き裂き、生き血をすする計画まで立てていたとかいないとか」
「…それ、飛躍しすぎだから。八戒さん」
右手で顎をつまんで、悟浄は八戒の表情を伺った。勿論、そこには完全なるシャッターが下りていて、不用意な人間が八戒の内面をその表情から読み取ることは大変困難だった。
「いやいや名前が知りたくって、いやいやあなたのところに行ったらしいです。それで、いやいや同居することに決めたみたいなんですよね」
なんですよね、といわれても悟浄は当人ではないので、相槌をうとうと思っても全くうてることはなかった。
「いやいやよかったとか書いてるんですよ。きっと」
「…だとすると全く検討つかねー」
「……鈍い人ですねえ。ま、仕方ないかとは思いますが」
ぼそぼそと口の中でつぶやいて、八戒は目の前に立つ紅い髪の紅い人を見た。
「それより悟浄、早く当ててください。当てないと、悟浄が皆さんにおごることになってるんですから」
「それお前が決めたかってなルールだから」
「だって毎年それでやってて問題何もなかったじゃないですか」
「……お前に文句が言えるやつがいたらお目にかかりたいもんだ」
ため息を一つついてから、悟浄はようやく決心をした。これを書いた人物の名前をようやく特定できたようだ。
悟浄は八戒の耳元で、その人物の名前を告げた。
「……やっと当てましたね、悟浄」
破願して八戒は大きな笑顔を悟浄に向けた。
「ていうか、ここまで書かせておいて、外されたら、僕はあなたの文章読み取り能力を疑いますけれどね」
悟浄はなんとなくあいまいな微笑を返した。
そして、先ほど八戒がわざわざ自分に向けていった言葉。
「いやよいやよも好きのうち」
その言葉を何度となく思い出す自分が、とてもおかしくて、悟浄は少し笑った。
当てることができたのは、その人物が考えていそうなことを少しは自分でも予測できたからだろうか、と悟浄は思った。
そして、死んでも本音を口に出さないだろうその人物に対抗して、自分も、絶対本音をその人物の前でだけは言わないでおこう、と悟浄は思った。
大切だとか会いたいとかそんなこっ恥ずかしいことは、墓場にまで持っていこうと悟浄は決めていたが、とりあえず行動までは自主規制を行っていなかったので、目の前にいる、今年、自分におごってくれることになったきれいな碧の瞳の元同居人をぎゅうと抱きしめた。
Q6 さて、上の文章を書いた人は一体誰でしょう?
→答えは一番下。
Q1 →ニィ健一
Q2 →八百鼡
Q3 →上、三蔵 下、悟空
Q4 →独角
Q5 →紅孩児
Q6 →猪八戒