眼、見ざるを浄と為す
<5>
「や、やばかった‥‥」
とっさに八戒とジープ抱えてお堂の外へ飛び出した悟浄は、地面に倒れこんだまま深く息を吐いた。
あれだけの至近距離で「魔戒天浄」などされては、半妖といえど身が危ない。まして八戒の妖力制御装置だって持つのかどうかわからない。
「ったく、キレる度に必殺技かますなよな!今回、マジ、やばかったぞ!―――れ?」
三蔵に文句の1つや2つや53個くらい言ってやろうと身を起こせば、そこには―――
「いたたたたっっ、ひっでーよ、三蔵!やるならヤルって言えよ!頭割れるかと思ったぞ、俺!!」
「煩ぇ‥でかい声だすな‥‥」
「三蔵はただの飲みすぎじゃん!ジゴウじじじジトクじゃんか!!俺なんかモロに食らったんだからな!!」
「煩ぇ‥でけぇ声だすな‥っ」
頭を抱えた悟空と三蔵が蹲っていた。
金鈷に守られた悟空だが、その反動は相当なものらしく、珍しく三蔵に怒りをぶちまけている。
とうの三蔵は、反論するのも辛いほど、深酒のせいでかなりヤバそうで、「水‥」と言いかけて目を見張った。
そこには―――
「ご‥じょ‥?」
腕の中で身動ぐ気配に悟浄が視線を戻すと、綺麗な緑の瞳が自分を映しており‥、瞬時に理解した悟浄は嬉しそうに笑って八戒を抱き直した。
「どっか痛いトコとか‥ないか?」
「ええ、大丈夫みた‥‥あ‥」
八戒が口元を抑えたところを狙って頬に口吻け、次いでジープに目をやれば、円らな紅い瞳が くるりん と見つめ返してきた。
「お前もOKだな」
「きゅーうv」
小さな頭から首へと指で撫でてやれば、気持よさそうにジープが鳴いた。
「あー!八戒、戻ってるのか!?ジープ〜〜〜vvv」
悟空が一目散に飛び込んできた。
「ご心配をおかけしまして」
「ぴ〜v」
いつもの笑顔が二つ揃って、悟空は「えへへ」と嬉しそうにジープを抱き締めた。
「‥‥い〜加減、どいてほしいンすが‥」
「あ!!」
八戒と悟空とジープの下敷きになっていた悟浄の、半分死に掛けた声が聞えて、慌てて3人は起き上がった。
そして三蔵は‥と振り向いて―――
「れ?」
「えっと‥?」
「ぴー!?」
そこには―――何もなかった。
お堂も、家も、村人も。
朝焼けに悟空の金鈷が反射する、山の中。
空は白みはじめ、夜明けは近い。
まぁるく広がる荒寥とした大地に、唖然呆然と立ち尽くす男4人(と1匹)。
「どういうコトだ‥っ」
「三蔵サマが浄化しちゃったってか?おー怖っ」
「ああ?」
「なー、朝メシどうすんだよ〜っっ」
茶化す悟浄とハリセン構える三蔵に、悟空が割って入ったその時、ばさーっ と強い風が吹いた。
♪〜ぽんぽこぽこぽん ぽんぽこぽこぽん〜♪
「今の‥聞こえました‥‥?」
「聞きたくなかったぞ、俺わっっ」
風にのって聞えたのは腹鼓。
風に揺られて さわさわ 騒ぐ高木。
風に舞う幾枚もの緑濃い葉。
「たいさんぼく‥だ‥‥」
思い出せなかった名前が、やっとわかった。
「そーいやぁ‥あんなんだっけ。」
「――チッ」
二人の生活をよく邪魔してくれて茶色の哺乳類を思い出し、悟浄は煙草に火を点けた。
古狸には妖怪並みの力があるということをすっかり失念していた三蔵も、イライラしたように悟浄から火種を奪って、勢いよく吹かし始めた。
「なあ‥‥」
けれど、悟空の心配は別にあった。
「ゆーべのメシ!泥団子じゃ、ねーよなーっ??!!」
「「言うな!!(`-´メ) 」」
◇◆◇◆◇
「ぴ〜v」
やはりこの姿が一番良いと、八戒の肩に止まったジープは、八戒へ頬擦りした。
「そうですね、僕もこの体が落ち着きます」
たてがみを撫でてやりながら、八戒は優しく微笑んだ。
視線の先にはぎゃんぎゃん喚いては逃げる悟浄と悟空に、発砲する三蔵。
彼らにとっての日常がやっと戻ってきた朝。
「でも‥‥‥」
「きゅ?」
急に声のトーンが落ちて、ジープは心配そうに八戒の顔を覗き込んだ。
すると・・・
「―――いつもあんな風に撫でてもらってるんですか、ジープ‥‥」
「びっっ?!」
「ああああんなに優しく‥‥タッチセラピーなんてものじゃないっ、モロに性感帯直撃じゃないですか!」
「きゅいンっきゅいっぴー!!」
「誤解?僕の思い過ごしだって言うんですね?」
「ぴぴぴぴぴぴぴっっっ」
「僕が何だって言うんです!?僕は良いんです!ぼーくーだーけ!悟浄に触られたってナニされたって、良いんです!!」
「ぴーーーっっ」
朝日が昇り、また新しい1日が始まる。
「八つ当たんなよ!!三蔵サマが、タヌキって気付かない方がおかしいんだろーが!!」
「黙れっっ」
ガウンッ
「それより朝メシ!」
「そこの泥でも食ってろ!!」
ガウンガウンッ
姿形が変わっても、それでも変わらない「自分」達。
「今度からは遠慮してもらいますからね」
「きゅいっきゅ!!ぴぴきゅいきぃっっ」
「ダメです。悟浄はココロもカラダも、『僕の』です。」
「ぴきっ」
けれど、これからは―――
あの濃い緑色の葉をもつ高木のあるところには「近寄らない」と決めて、朝日を背にしよう。
◇◆◇◆◇
泥宮新聞 号外
鉄の乗り物にのった人間4つ、西へ行く
ちょっと人間とは違う匂いがしますが、一晩くらいならバレません
よく食べる元気な子供がいます。お料理はたくさん用意しましょう
髪と瞳が紅い人と綺麗な緑色の瞳の人は、一緒にしていた方が良いです
金色の髪のお坊様は恐いです。注意しましょう
鉄の乗り物は竜です
(注意)
腹鼓は叩きすぎないようにしましょう
おしまい。
※眼、見ざるを浄と為す
眼で外物を見ない者を、心が清浄であるとすれば。
眼でモノを見る時は、心がイロに囚われていて、「正しい」ものを見れない時だ。