: 夢の領域  関口健一郎氏





朝霧は湧きあがりたり我が心うずくまりをる深き谷から

まだ明けぬ庭のしづけさ 草むらに沈める月の光残して

咲きてゐしあじさいの色移りゆき青春はつね未完のままに

草原はゆうるりそよぎまたそよぎ風のくちづけ受くるごとくに

をさなごに空の青さを告げられしときに未来は始まりてをり

区切られし幸福あまた田園に長方形の分譲地あり

水泡(みなわ)とはいのちのかたちゆつくりと青き海から昇り始めぬ

青空がゆるみ始める午後一時光の速度少し遅くて

未使用の心の重さだけがあるみどりごひとり我が腕の中

ブルーベリージュースのグラスに光りたる水滴の中に信仰はあり

我が影が我を離れてゆきさうな花野の中に寝転びてをり

ひとの持つ天使の羽は重荷ゆえたたまれたまま背中の中に

唇(くち)触るるときにほのかに光りたる産毛は我を囲みてをりぬ

砂時計上半分はからつぽで完了形とふかなしきかたち 

裂かれたる天から落つる一粒を刻印のごと額に受けぬ

肋骨は叶うことなき望みとふわがままなもの束ねるかたち

たましひの水位は徐々に高まりて溢れぬやうに唇閉じぬ

群れなして鴉は飛べり大地から持ち去りてゆく信頼いくつ 

  わたつみは夕陽沈ませわたつみは人を沈ませまた冷えてゆく

幸福はいつもはかなく白墨で描かれたような家がまた建つ

幾重にも纏ひてをりぬ。素性などつひに忘れてしまひたるまで、

突風が剥ぎ取りてゆくぬくもりとメトロポリスのかなしき嘘と

落日に灼かるる街角風止みて影のみひとつ通り過ぎたり

天の川降らぬ五月雨集めつつ暗き海へと注ぎ込みたり

結び目をほどきしやうに日が暮れて君の香りが手になじむまで

バーボンは我がのどを焼き落ちてゆく私の中の必然のごと

誘蛾灯青く震へる夜の中戦前がまた訪れてをり

詩歌とは闇の別名 静もりし月夜の森は影を重ねつ

みづからに灯火管制敷くごとく眠りの中へ涙の中へ

現世(うつつよ)に迷ひ込みたる蛍火の向かうがたぶん夢の領域










2004年4月16日

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