□冒険家□



「……で?」

 眉をしかめて思いっきり口をへの字に曲げたナミの前に未来の海賊王と未来の世界一の大剣豪と未来のオールブルー料理人と未来の勇敢なる海の戦士はえへらえへらと笑いながら首を並べた。

「ごめんよー、ナミさん、元はといえばこのクソゴムが……」
「耳そろえてはらってもらうぜぇ」

 ゴーイングメリー号のクルーの後ろには、頭に黒い布を巻きつけた体格のとてもよい男たちが腕組みをしてにやにやしながら立っている。
 みかんの木が見下ろす中、ナミは堂々と腕組みをしてその体格のよい男たちをねめつけた。

「……ルフィ」
「だって俺金なんて持ってねーんだもん」
「つーわけで、わざわざ船の近くまで泳がせてやってたってわけさ」

 がはははとリーダー格の男が笑った。日に焼けた肌と対照的に葉はとてつもなく白い。キューカ島などでCM撮影したとするならきっと歯磨き粉のCMだなとサンジはその男を批評した。

「黄金週間の姐さんに絵を描いてもらえるだなんて光栄なことじゃーねーか。とっとと金は払ってもらうぜ」

 ウソップは先ほどから右半身はがくがく震わせて外敵に対する異常なまでの警戒心を表現していたが、左半身はその黄金週間が描いた絵に興味津々らしく、一歩踏み出しては一歩下がるというかなりグダグダの行動を繰り返していた。そんなウソップをちらりとみやると、黒い布を巻きつけた男は一歩ナミへと踏み出して、右手のひらを上にしてナミに突きつける。

「たったの30万ベリー」
「―――こんな落書きが!?」

 黒い瞳をまんまるに開いてナミは素っ頓狂な声をあげた。続いてあっという間にルフィから黄金週間が描いたという絵を引っ手繰ってしげしげとそれを眺めている。

「ルフィ…ちょっとあとでみかん畑にきてくれるかしら」

 背中に何かどす黒いものを背負って、喉の奥から搾り出されたような声でナミは表情を見せずにルフィに言う。途端にルフィは汗をかいて震え上がり、物陰から見ていたチョッパーはガードポイントを取った。

「まままて、ナミ、黄金週間といえば今売り出し中の画家だ。あとになればなるほど絵の価値は上がるぞ」
「本当?」
「…ナニバブルの時の株屋みたいなこと言ってんだ」

 いつもはチョッパーの後ろで震えているだけのウソップがナミに向かって説得を試みている。呆れて突っ込みながらもきっとウソップにとって絵というのは大切なものなんだろうなとサンジは煙草を取り出して火をつけ、白い煙を吐きながら思った。
 その間にも必死のウソップの説得工作が続いている。金を払ってでも手に入れたいと思うくらいウソップにとってその絵は魅力的なのだろう。「最新のルフィの肖像画が海軍にわたる危険性」を考慮しているとはあまり思えないのでとりあえずゾロはそう思っておくことにした。

「お金は払うわ」
「ヒュー、オレンジ色の姉さん、話がわかるねえ」

 黒い布を巻きつけた男は下手な口笛を吹いて、ナミを褒め称えた。あの好きなものはお金とみかん、のナミから金を巻き上げるだなど、借金取りの才能がこいつにはあるに違いない。

「ただし」
「ただし?」

 びしりと右手の人差し指を黒い布を巻きつけた男の鼻先に突き出して、ナミはきっぱり言い切った。

「黄金週間さんとやら本人を連れてきて。こんな落款だけじゃダメよ。由緒書きにちゃんと本人の直筆サインをもらうわ」
「…どこの鑑定番組の影響だ」
「要求するところは要求する、そんなナミさんもステキだーーー」

 呆れ返ったゾロは下唇を突き出して、そっぽを向きながらぼそぼそ言ったが、サンジは目をハート型にして煙もハートにしてナミに擦り寄っている。

「ふふん、なかなか物がよくわかってる姉さんじゃねえか。よしわかった。黄金週間の姐さんを連れてくる」
「由緒書きと交換でお金を払うわ」

 くるりと背を向けて黒い布を巻きつけた男たちはメリー号からぞろぞろと降りていった。その背中を見送りながら、優越感に浸った笑顔でナミは腕を組む。そして、彼らの姿が完全に視界から消えた後、サンジをちょいちょい、と呼び寄せた。

「サンジくん」
「なんだい、ナミさん」
「いい、あいつらが帰ってきたらとにかく宴会にもちこむのよ」
「?」

 これでやっとのびのび買い食いができる、と再び飛び出していこうとしたルフィの首根っこを引っつかんだままナミはにっこり笑ってすごいことを言う。

「酒に酔わせて、払った金を取り戻すのよ!」
「…鬼畜なナミさんもステキだぁ」
   目をハート型にしてメロっているサンジを横目でちらりと見て、ゾロは深くため息をついた。







「ロロロロロビン」
「なあに、船医さん」
「あれは誰で、どうなってるんだ?」
「あの人たちは、黄金週間という画家さんとお知りあいみたい。とにかくお酒に酔わせなきゃいけないことは間違いないわ」

 メインマストの影に頭だけ隠れてチョッパーが傍らのロビンに問う。ロビンはくすくすと笑いながらチョッパーの疑問に簡潔に答えた。彼女の知っていること全部を喋ってもいいが、このドラムから仲間になったという船医には理解できない話だろうと判断したのだ。

「ガハハハハハハハハ!麦わら、お前さすが1億ベリーの賞金首だな、面白ぇ男だ」

 先ほどのリーダー格の男が大きなジョッキを右手に、左手でひざを叩きながらルフィと意気投合している。サンジはせっせとつまみをつくり、景気よく酒もどんどん出してやっていた。

「それよりあんた、さっきから飲んでばかりだけど黄金週間はちゃんと来るんでしょうねえ」

 ものすごい勢いで酒樽が空になっていくのを横目に、こめかみに血管を浮き上がらせながら笑顔でナミは問う。

「ああ勿論だ。金がもらえねェようじゃ俺ぁおまんま食い上げだからな」

 ガハハハハと勢いよく笑い、一気にジョッキの中のビールを飲み干すと、その黒い布を頭に巻きつけた男は新たな酒樽を所望した。

「お前よく飲むなぁ、海賊か?」
「いや、俺は冒険家だ」
「冒険家!」

 嬉しそうにサンジのつまみを口一杯頬張りながらルフィがその男に聞く。そして「冒険家」の言葉に横からウソップが目を輝かせ、身を乗り出して話に混ざってきた。

「すげぇな、冒険家って本当にいるんだな」
「失礼な奴だな。俺はあの有名なフランシス=ドレイク。悪魔の竜(エル・ドラゴ)と呼ばれる男だぜ」

 にっと笑って黒い布を頭に巻きつけたドレイクは胸を逸らし、えらそうに言い放った。

「しらねぇー」
「知らん」
「聞いたこともないぞ」
「ガハハハ、だろうな!なんせ俺だけが言っている」
「「「……」」」

 ツッコミどころ満載の男だとウソップは思った。ルフィをみると一生懸命何か考えている様子だ。大方対抗意識を燃やして、自称「何とか」を考えているのに違いない。ゾロはとりあえず酒が飲めてつまみが食べられるのでどんなくだらないことを言っていようと我関せずの体だ。

「冒険家ってどうやって金稼いでるんだ?」

 ウソップは冒険家にも興味津々らしく、矢継ぎ早にドレイクに質問を浴びせ掛けている。ドレイクも気分がいいのかご機嫌な表情でえらそうにウソップに向かって講釈をたれるのに忙しい。

「そりゃスポンサーを探すに決まってる」
「…どっかの王様とかか?」
「とりあえず今のスポンサーは歳食った女王様だぜぇ、周りの国からは「メス狸」って呼ばれてるがよ」
「女王がスポンサーなら食い扶持には困らないな!」
「ま、時々食い物が足りなくなったら通りすがりの海賊さんに分けてもらうがよ」

 今日何度目になるか分からないジョッキになみなみとビールを注ぎ、一気に飲み干してそしてそこで台詞を区切ってドレイクはウソップに向き直った。唇を片方上げ、にやりと笑い、ジョッキでウソップを指しながら言葉を続ける。

「勿論、腕ずくで」
「性質悪ぃぞ!」
「おいおいまるで海賊だな」

 もうゾロは何を言う気力も残ってはいなかったし、ウソップはがくりと頭を落として、ルフィは腹を抱えて転げまわっていた。
 そこに、頭に黒い布を巻きつけた男が息せき切って走りこんでくる。

「船長代理!」
「おう、なんだ」
「やっと黄金週間の姐さんを連れてきたぜ」
「やっとお出ましか」
「やっときたのね」

 やっと三連発のあと、ドレイクはどっこらしょ、と腰を上げた。ナミは一目散に紙とインクとペンを用意しにラウンジに駆け込み、ウソップは憧れの画家に会えるということで緊張して背筋をピンと伸ばした。





 





□□□□□

…ゾロとサンジがなかなか出てきませんね…はよでてきてよ。
 

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