BIRTHDAY CARD 3



大切な人がいた。
ものすごく大切な人がいた。
心の底から大好きで、そして、守り抜くと誓っていた。

 誰に誓っていたというのだ?

その誓いは簡単に破れ、そして彼女は、自ら死んだ。



大切な人がいたのだろう。
ものすごく大切な人がいたのだろう。
心の底から、愛して欲しいと願っていたこの世で唯一の人。

そしてその人に殺されかけ、その人は兄の手にかかって死んだ。

 
自分は大切な人を一度はこの手の中で抱きしめることができた。
悟浄は大切な人の胸に一度も抱きしめられることがなかった。

 一度、失ってしまったら、失う前がどれだけ幸せであろうとなかろうと。

 もう一度欲しいと思うことなど決してありえないはずだ――――――――――――



「ねえキミ、猪八戒だよね?」

 突然声をかけられて八戒は一瞬びくりと肩をすくめ、そしてその声の持ち主を振り返った。
 自らの名前を知っている、八戒のほうは全く見たこともないその相手は、煙草を斜めに銜えて白衣にうさぎのぬいぐるみを持ち、ニヤニヤ笑いながら八戒を見ている。

「…初対面の相手には自分から名乗るのが礼儀ってものじゃないんですか」
「…ああ、ごめんごめん。僕はキミを見慣れてるからさあ。つい」

 そう言ってぼさぼさの頭をかき回し、その白衣の男はずり落ちそうになったメガネを人差し指でくいっと押し上げた。

「それよりさあ。キミ、沙悟浄のためにバースデーカードを書いてもらいにまわってるんだって?」

 こちらはその男の事を全く知らないというのに、男はこちらのことを恐ろしくよく知っている。
 八戒は、無言できびすを返し、すたすたすたと本日の宿へ向かって歩みを速めた。

「ねえ、そんな無視しないでさあ。僕にも一口、乗らせてくんない?」
「…冗談じゃありません!!」

 自分でも驚くほどの大声を上げ、八戒はその白衣の男の提案を即座に却下した。

「いぢわるだね。キミも」
「なんとでも思って置いてください。僕はあなたのような胡散臭い人に悟浄のバースデーカードを書いてもらいたいとは1ミクロンも思いません」

 走り去ろうとする八戒の腕を、いきなりつかんだその男の手を振り解こうとして八戒は、青ざめた顔でその男の顔を見た。
 無精ひげを生やし、30台半ばと思われるその男の手は、外見とは裏腹に、振り解こうとしてもびくりとも動かなかった。

 眼鏡の奥から、鋭い眼光が八戒を射る。


 にっ、と笑ってその男は八戒が持っていた、ペンと紙とを奪い取ると、さらさらと文章をかきつけ、八戒にそれを丁寧に折りたたんでわたした。
 そこでようやく八戒をつかんでいた腕を放し、現れたときと同じように唐突にその姿をくらませた。













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