眼、見ざるを浄と為す




「難しい話は止めにして、メシに行かんかの?」
 




           <4>






結局、何の解決方法も見出せないまま夜となり、老人に伴われて村のお堂へ行けば、すでに飲めや踊れやのドンチャン騒ぎが始まっていた。

 「やあ、よく来たな〜」
 「珍しい物はないけど、量だけはあるから、たーんとお食べ!」

こんな小さな集落の、どこにこれだけの人がいたのかと思うほどの大人数と賑やかさで、それぞれが持ち寄ったらしい言葉通り大量の料理と酒が所狭しと並べられていた。


 「うわっ、うわっ、うわ〜〜〜vvvv」
すぐさま手招きされた見知らぬ老婆の傍へすっ飛んでいって正座して合掌する悟空と。

 「〜〜〜〜っっ」
悟空のお子様な様子に苦虫を噛み殺したような顔をしてハリセン握り締める三蔵と。

 「こきゅー?!」
人語らしき言い回しにはなってきたものの、まだ人間的歩行がままならない八戒‥じゃない、ジープ。

すると悟浄が
 「悟空の面倒、見てやれるか?」
と、ジープに声をかけると、
 「きゃいv」
悟浄に悟空の世話役を任されたことが嬉しくて、ジープ(でも見た目は八戒)幾度も蹴躓きながら、悟空の横へ ちょこん と腰掛けた。
けれど、それはいわゆるジープ座り‥○ンコ座りで、悟空から「こうやって座るんだぜ」と指導を受けている。

そんな二人を見届け、安心したように体中の力を抜いて悟浄の胸におちつく八戒(だから今はジープだって)を抱いたまま、悟浄は壁際の目立たない席に落ち着いた。


滅多にない客を交えた宴会は最高潮の賑わい。
悟空の食欲はいつも通り。
三蔵の無愛想もいつも通り。


今回、この際立った珍事に対する悟空とジープ(今は八戒の中)の順応は早く、二人(匹?)して前向きな行動をみせてくれた。
が、いかんせん、普段が普段である。
腹が減っても喉が渇いても、宿や人の家や野宿の際にも、何をどうこうするのはいつも八戒が世話をしてくれて、悟空はただ言われた通りに「お手伝い」していたに過ぎない。八戒のいない今、悟空にできることといえば、非日常的かつ自分的日常のマイペースさを崩さないことだけ。八戒の次に家事が堪能で最も世情慣れしている悟浄は、八戒(今はジープの中)を介抱していて手が離せないし、唯我独尊の三蔵など、協力の「きょ」の素振りすら(有り得)ない。
ならば。
俄然張り切るジープであった。
見た目が八戒なら、八戒が日常的にやっていることもできるなんじゃないか‥なんて、無謀な行動に走るジープ(今だけ八戒)――龍族、性別・年齢不詳――であった。

  ◇

どこか憎めない老人達のオモシロオカシイ四方山話に耳を傾けていた三蔵は、先ほどまでのイライラなど吹き飛んだようだった。
しかも宴も酣になっていけば杯が乾くことなどなく、酒がすすめば常日頃の物臭さに拍車がかかり‥‥、灰が長く伸びて今にも落ちそうな煙草を銜えたまま、上半身をふら付かせている。
そんな最高僧様に、
 「ぴっぴき、きゅ(=料理に灰を落とさないでくださいね)v」
八戒ばりの笑顔を忘れず、灰皿を突き出した。

 ◇

バリエーションは乏しいが十分すぎる量の料理をたいらげ、もう人並み以上食べているはずなのに、お喋りに夢中になっている村人の皿にまで手をつけている悟空の周りは、食べ零しで汚れていた。悟空の口の周りも、両手も、襟元にまで、とても18歳とは思えないお行儀の悪さに、強引に口元を拭ってやって、
 「きゅいっ(=いい加減になさい。)」
八戒のように優しい口調で、ニッコリ言い聞かせてみた。

 ◇

一生懸命、ジープは「八戒のように」頑張った。
きっとこれは‥気紛れな神様がくれた、最初で最後のチャンスだから。
結局、言葉を上手に話すことはできなかったけれど、精一杯やれることをしようと思った。
自分らしく、そして「八戒」として恥ずかしくないよう――大好きで、とっても大切な‥八戒と悟浄の為に。



     ◇◆◇◆◇



八戒は悩んでいた。
同じ境遇にあいながら前向きな姿勢のジープに比べ、なんとも不甲斐ない自分に「落ち込むな」という方が間違っているだろう。
歩くこともままならない。
飛ぼうとチャレンジするも、うまく翼は羽ばたいてくれないし、悟浄が今自分の為に小皿を取りに行ってくれているのも、落ち込む要因だ。
さんざん鳴いた喉はカラカラなのに、コップから水が呑めなくて、いつも(本家)ジープがするように、小皿を舐めるようにして啜るしかない。
食事だって、悟浄が細かくしてから口元に運んでくれなくては食べられないのだ。

  (いつになったら・・戻れるんでしょうか・・・)

この姿もいつかは慣れるだろうが、慣れるまで、このままなのか。
それより車型に変身できるのか、買出しはどうするのか、案外ジープの方が運転が上手かったりして‥などと悩みは尽きず、悟浄に見限られたら‥なんてことすら思い込む始末だ。
ガックリ肩を落とし、悲壮感たっぷりに落ち込んでしまうと悟浄に心配をかけるから、それもできないし。
 「きゅぅぅぅ〜・・」
ジープが溜め息を吐くところなんて見たこと無いのに。

  (ああああああーーっっ)



     ◇◆◇◆◇



精一杯の虚勢を張っても隠しようのない動揺っぷりは、締切をとうに過ぎた原稿を直接入稿に行って途中の電車に置き忘れたあげく、引き取りに行って身分証明と中身確認をさせられた同人作家のよう。

―――そんな経験はないが。
悟浄は苦笑していた。
込み上げてくる笑みをどうしても抑えることができない。
こういった非常事態に直面した時、マイナス思考の塊のような彼の精神状態がフルスロットルで下降していくことなど予測範囲内。だからこそ悟浄は平然と振舞えているのだが、何せ想像を上回る八戒の狼狽ぶりに、うろたえるどころか‥なんだか愛しさ、というか。

歩くことも羽ばたくこともままならぬ自分に唇を噛締め、喉が渇いてもうまく水を啜ことができなくて零してしまって、羞恥に赤らむ龍の体。
そう、すべてはジープ=小龍のしていることなのに、悟浄の目にはしっかり八戒の仕種として映っていて―――

  (だーっ、可愛くってしょうがねーvv)

生娘を娶った初夜の「オヤジ」だ、こりゃ。



     ◇◆◇◆◇



 「おっ待た〜。ホラ、これなら大丈夫だろ?」
音もなく悟浄は八戒の横に胡坐をかいて座った。
ピクッ と小さな体が性懲りもなく跳ねるのを、悟浄は困ったように(いや、わざとらしく)溜め息をついた。
そして銜え煙草を指に持ち替え、小皿に村人に勧められた地酒を注ぎ、自分もグラスを飲み干した。
その間にも、ジープの体は ピクピクンッ と小刻みに震え赤みを増していく。
 「八戒、」
悟浄は ポンポン と、自分の膝を叩いた。
膝に乗れ と言われているのだと分かってはいても、八戒はなんだか一歩が踏み出せない。
その胸に抱かれてここまで来たけれど、つい先刻までその膝で食事を与えられていたけれど、けれど‥今はなんだか――恥ずかしくて‥‥。
周りには三蔵や悟空の他にも人がいるし、こんな大勢の前でお膝に座るなんて‥(///∇///) と、八戒(でもカラダはジープ)は、悟浄から顔を逸らし(首を捻って)年期の入った畳を指(爪)で「の」の字をかき(毟り)はじめた。

 「八戒」

再度、名を呼ぶ声は、睦言を囁くような声音で‥‥伸ばされる節くれた指が、ついっ と一瞬だけ‥片翼に触れていって‥ジープの体が ぴくん と跳ねる。


 「俺の膝が、お前に座って欲しいと寂しがってるんだ」

 
 ボンッ

そんな音をたてて、ジープのカラダに火が点いた。

 「ジープだったら、俺に甘えてたって誰も何んとも思わねぇし、変にも見えねーよv」
 (そ、そんなコトっ///@_@///)

今、悟浄の頭に乗せられたらきっと同化してしまうだろうほどに全身を真っ赤に染めながら、八戒は気恥かしいやら嬉しいやら何やらごちゃまぜ熱にノボセてクラクラと体をふらつかせた。
 「ほらv」
それでも無邪気な笑みで両手を広げられたら、魔法にかかってしまったように とてとて と体は悟浄へ歩み寄ってしまう。
そして膝へよじ‥よじ登‥っ、よじ登ろうと・・・
  
(とっ、と、と、飛んだら簡単なんでしょうけど、っ‥この羽根っ邪魔っっ)

四苦八苦。
差し出された悟浄の腕を威嚇しつつ、必死の形相でその膝に乗ろうとして――転げ落ちた。




    ◇◆◇◆◇



 「ほーっ!このハンサムさんが龍なんかい?!」
 「そーなんだvジープなんだーv」
 「おやまあ、可愛い龍チャンだこと☆」 
 「そーなんだ、八戒なんだーvv」

何時の間に学んだのか猿知恵を・・・。
お目付け役のジープ(所詮は外見限定:八戒)を先に酔わせて潰し、悟空はまんまと酒にありついた。
保護者たる三蔵は、どうやら気に入ったらしい地元の佃煮を肴に黙々と手酌で飲んでいて、おそらく悟空のことなど――いや、十中八九、悟浄達のこと全てを思考回路から排除しているようだ。

 「いやだ、アタシ、龍なんて初めて見たよv」
 「ワシだってそうじゃ」
 「こんなにイイオトコも、初めて見たよね〜v」
 「ワシらだって、若い時にゃ‥」
 「ほんと、ほんと!!」
きゃっはっはっと笑う老婆達と、相手にされず剥れる爺達の、いいオモチャと化しているのは「八戒」と「ジープ」だった。


すっかり酔ってイイ気分の悟空が

 「八戒はジープで、じーぷは、りゅ〜!!」

と、叫んだことから、宴会は最高潮に盛り上がった。




 「こーやってさ!あの変な葉っぱ、びーってやってボキッってなってさ!!」
 「ほうほう?!」
 「あらま☆」

2度目は酒の勢いもあってか、かなりの熱弁。
ギャラリーは期待に満ちた眼差しで聞き入っているし、食いつきもかなり良い。
身振り手振りに加えてジープと八戒を巻き込んだ熱狂解説は、孫悟空一世一代の晴れ舞台であった。

ほろ酔いのジープ(八戒の中)は、なんだか周りが騒がしいけれど悟空が楽しそうだから、とALL OK。
悟浄の膝の上で、甘い幸福感に酔っていた八戒(ジープの中)は、突如悟空に首根っこを掴まれて話題の中心に置かれてしまい、気絶せんばかりの意識混濁状態。
機会を窺って助け出そうと画策する悟浄も、この異様な老人達の盛り上がりに、伸ばした腕が固まったまま。


 「でもさー、まだ、元に戻る方法がわかんねーんだよな〜」
腕組みした悟空が、神妙に眉根を寄せて首を傾げる。


 「それじゃあ、このハンサムさんは、このまんまなのかい?」
 「まあ良いんじゃないかの?」
 「そりゃあ、無責任だよっ」
 「なんか、イイ知恵はないのかの?」
 「そうじゃなの〜〜?」

     何やらこの4人は曰く付きらしい
     遊んでいたいが、そうもいきそうになさそうだ
     名残りは惜しいが、しょうがない。

年の功だとか
三人よればナンとやら
年寄りたちは額をつき合わせて知恵を絞った。

 「ぶつかったんなら、ぶつかってみたらどうじゃ?」
すぐさま八戒とジープは離され、突き飛ばされた。
 「酒を一気飲みしてはどうかの?」
すぐさま徳利2本用意され、八戒とジープのグラス(小皿)へ注がれた。
 息を止める
 逆立ちする
 お堂に生えてる霊験灼かな苔を煎じて飲む
 三遍回ってニャーと鳴く

などなど。
ナニがなんだかわからなくて、目を回しそうな形相の「八戒」と「ジープ」を軸に囲んで、
真面目なんだか不真面目なんだが判断のつかない解決方法を口々に言い合う老人達と、
その外側では、ご満悦状態で食べ続ける悟空と、
立ち尽くし、手を差し伸べたいけど、できない悟浄と、
ぐでんぐでん の三蔵と。

元に戻したい気持は皆同じ。
けれど、今はそっとしておいてほしい――本音が言えない、八戒とジープだった。

 「そおじゃ!!」

突然一人の老婆が ポン と手を打って大声を出した。

 「こーゆー場合は、やっぱり『めるへん』じゃないのかの?!」




      ◇◆◇◆◇




 「はれ?(・o・)」
 「〜〜〜〜っっ」
 「・・・・・・。」

「八戒」と「ジープ」の前に連れ出された悟空と三蔵と悟浄は、各々納得いかない表情で立ち尽くしていた。


     めるへん = 王子様のキス


なんとも乙女チックな年寄りがいたもので。
解決策が満場一致で可決されて次は、誰が王子様になるかの議論が始まった。
幾人か年寄りが立候補したが、やはりここは常に一緒にいる彼らが良いだろうと意見が固まって、現在に至る。
ニコニコ顔の老人達は、

 「ほれほれv」
 「ぶちゅvっとな?」
 「チューじゃよ、チュー!」
 「やり方がわからのじゃったら、アタシが教えてあげるよ〜v」
 「いやいや、ワシがv」

と口々に囃したててくれるし、
 「何?!悟浄!コレ何?どーなんの??」
 「お前が余計なコト言うからだろーが‥‥」
目の前でわななく八戒とジープは、まるで「祭壇の生贄」。
悟浄は煙草を吐き捨て、腕にしがみついてくる悟空を引き剥がすと、徐に歩み出た。

 「おお〜v」

色めきたつギャラリーにウィンクをしたのは余興だ、ヤケッパチだ。
  (もうどうとでもしてくれ)
細い肩を抱き寄せれば、二人分の震えが伝わってくる。
 「大丈夫だって」
どうやってこの場から逃げ出そうか‥など考えながら、悟浄は「八戒」と「ジープ」を抱き締めた。

場内益々ヒートアップ!!
ごっくん
生唾飲み込む音までリアルに聞えてきますv

シン と静まりかえったお堂の中で。
全ての注目が若い男(と1匹)に注がれた。



―――――その時。














     オン マ ニ ハツ メイ ウンッ





 「んげ?!」

 「ちょーっと待て!!さん‥っっ」








 「魔戒天浄!!!!」







くーづーつ?





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